「────以上が導術より集められた報告です」
「………………」
細巻の煙が漂う一室で市川は報告を終えると、目の前に座る伊藤に視線を向けた。戦略図に目を落としながら、伊藤は細巻をふかしている。今日で何本目だったか、分からない。
「………………あまり吸い過ぎると体に悪いですよ」
「ふん」
控えめに告げた言葉は、鼻先一つであしらわれた。
「今更吸うのを止めたところで変わりはせん。それどころかストレスで逆に支障をきたすかもしれん」
「完全に止めろと申し上げているのではありません。もう少し減らしてはどうかと申し上げただけです」
市川は形の良い眉をわずかに寄せ、うそぶく上官に申告した。
この戦争、この状況になってからと言うもの、伊藤の細巻の量は増えている。そしてさらに懸念すべきことがあった。
「……よくお休みにもなられていないのでしょう」
「今、この状況で高いびきをかいて寝られる神経を持ち合わせている奴がいたら会ってみたいものだな」
確かに。圧倒的な戦力差、追い詰められた軍、仲間を助けるがために取り残される自分達。逃げ出すこともできず、持ちうる戦力のみで戦うことを強要されている。
「それでも体を休めることは重要です。倒れてからでは元も子もないでしょう。でなければせめて本数は減らしてください」
「お前は俺の女房か」
「──────」
途端に苦虫噛み潰したような表情になった市川を伊藤は相変わらずのつまらなさそうな顔で一瞥した。吸い終わった細巻を灰皿に押し付けると、袋から新たな一本を取り出す。
「……っ、だから────」
言った側から吸おうとする上官に、さすがに声を荒げようとする。
「だったら」
「?!」
身を乗り出した市川の口に、伊藤は持っていた細巻を押し込んだ。
「こいつでお前も共犯だ」
燐棒をこすって火を点けると目を黒白させている市川の細巻に火をつけてやる。そのまま、自分も細巻を取り出して火を点けると、深く吸い込んで紫煙を吐き出した。
「………………っ、まったく……」
細巻を噛み、頭を掻きたい衝動にかられながらも、それを抑えて市川は呆れた溜息をついて腰を下ろした。額を手で押さえる。
「……何が共犯ですか、本当に……」
「上官と作戦を練っている最中に細巻をふかすんだ。そうだろう」
分からない理屈だ。だがしかし、くつくつと可笑しそうに喉を鳴らす姿は実は久しぶりである。しょうがないので体の力を抜いて、市川も細巻を吸うことにした。これも、久しぶりである。
「……奥方様に知れたら怒られますよ」
「ふん」
戦況は最悪。帰れる見込みなど、ない。
「これを俺に渡したのはあいつだ。有難くもらえ」
「…………良い葉ですね。確かに、やみつきになるかもしれない」
「だろう」
「ですが、どちらにしろ吸いすぎはいけません。没収します」
「おい」
さっと細巻の袋を取り上げると市川はそれを持って立ち上がった。
「後ほどお返しいたします。大隊長殿は残りの隊が戻るまで休んでいた下さい。少し休んだところで、戦況は変わりません。私たちは、やれるだけを、やるしかない。そうでしょう」
「………………」
「一刻ほどで戻ります。温かいものでも飲んで休んでいてください」
「黒茶じゃあまずい上に寝れやせんぞ」
「まずいと感じるのは細巻の吸い過ぎのせいもありますよ。確かにまずいですが。それでは」
残された一本をゆっくりと吸いながら、伊藤はさっさと行けとばかりに追い払うように手を振る。
「大隊長殿」
部屋からでようとした市川が、一歩戻って紫煙を目で追う伊藤に声を掛けた。
「もう一本、いただいても宜しいでしょうか」
「なんだ、もうやみつきになったか」
「確かにうまいですが」
目を細めて小さく笑う。
「あなたのためにも、数を減らしておきませんとね」
「──────ふん」
「それでは」
たん、と戸が閉まり、伊藤はぷかりと煙を吐き出すと、短くなった細巻を名残惜しそうに灰皿へ、押し付けた。
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難しいですな……。
ところで私は戦務幕僚や猪口さんみたいな補佐役の人が好きなのかもしれない。