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ネージュサイドさらに続き。

 男と別れてネージュは歩き出す。一歩一歩、彼の家へ近付くごとに鼓動が早くなっている気がした。いや、実際に早く、そして大きくなっている。
 別れて数年。いつの頃からか始められた文通。先に出したのはシュウだった。それまで実は、ネージュの方もだそうかだすまいか悩み、教官であったリューンエルバに一代決心でシュウの住所をきこうと思った矢先に、不意に届いた一通の手紙。かいた人物をあらわすような、几帳面な、どこか神経質そうな綺麗な字。
 他愛も無い、ごくありふれた内容だった。今どうしているだろうかとか、クラスの皆は元気だろうかとか、こちらはこうだとか。だのにそれを読んでネージュは泣きそうになった。嬉しくて、泣きそうになった。
 彼も変わらず元気でいること、こちらの状況を問い掛けることができるほど心穏かでいるようだと言うこと。用件だけを書いた簡素な内容だったが、胸が熱くなる程に嬉しかった。
 ネージュはすぐさま文房具屋にいって新しい便箋と封筒を用意した。以前から使っていた便箋も封筒もあるのだが、何故だろう、新しい物を用意したかった。机に向かい、ペンを取り、側に彼からの手紙を置いて。そうだ、それからだ。文通が始まったのは。
 ゴルデンとカーシャで距離があるため、届くまでかなりの時間がかかる。手紙などの郵送には転移魔法を使っていたりもするのだが、距離が限られているため、各所で転送して渡ってゆく。そのせいで時折紛失してしまうなどという事もおこるのだが、人が届けるよりはずっと早い。そんな中、ゆっくりと手紙はやり取りされて、彼専用のレターケースさえ作ってしまったほどだった。
 内容はいつもどおり、他愛の無い日常のこと。彼の様子がぼんやりと伝わってくるのが楽しかった。
 だけれどその中に、彼が医者になったことはかいていなかった。
 ただ、新しいことを勉強している、と書いていたことがあったので、きっとそれなのだろう。でも何故、医者の勉強をしている、とは書いてくれなかったのだろうか。村の人の話を聞いていれば、腕は確かで皆の力になっていると言う。先生と呼ばれるほどに立派に医者の務めを果たしているというのに。
 ……照れくさかった、のだろうか。
 自分に厳しい彼の事だから、まだまだ自分は未熟だと、『若先生』と呼ばれて喜んでいる場合ではないのだと戒めているのだろうか。そしてそれを手紙になど書けるほど立派では無いと思っているからだろうか。
 判らない。だけれど何となく、村の人達に『若先生』と呼ばれて、居心地悪そうに赤くなる彼の姿が思い浮かぶ。それにネージュは微笑ましくなってそっと笑いを零した。
 はたと気が付けば、彼の家まで行く坂道の、曲がり角まできていた。左を見れば、白壁の茶色い屋根。
 彼の、家だ。
 「………」
 胸元に当てた手を、きゅっと握り締める。小さく息を飲みこんでから、鼓動を落ち付けるように深呼吸をしてみた。……けれど鼓動は落ちつかない。むしろ、先程よりも更に大きくなって、耳鳴りがするほどに響いていた。血流の動きがわかるような気がして、頬が赤く染まる。緊張に、足先から冷たくなっていくようだ。顔は熱いのに体の末端が冷えていく気分は違和感だった。
 それでも、ここまできた。彼にあいたくて、ここまで来たのだ。
 そうだ、ここで怖気づいてどうする。あの時生まれた消えない炎は胸の内で静かに佇んでいるのだ。
 ネージュは唇を引き結び、踏み出した。

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