郷で過ごす何十回目の冬が来る。
捨て子として拾われ、忍の里で育てられ、暖かくも厳しい世界で行き続けて早幾年。
忍びに向いていないと言われながらも国の主の下で腕を磨いてゆく。
そして齢十三の時に起こった戦争。
大陸全土を巻き込む戦であの人は大切なものの一つを無くした。
自身の行動において出た結果だった。
己が心のままに進み行くあの人が、たった一度だけ、泣いた。
自分はただ、側にいるだけだった。
あれから早幾年。
世の摂理の連なり、優しく残酷なこの大地の管理者。
その血を受け継ぐあの人。
あの人は私を見るたび何かを探しているようだった。
何十回目の冬。
物心ついてからおそらく三十は越えたであろう。
されどあの人の姿も中身もあの時からほとんど変わらない。
望む望まざるにもかかわらず、ただ、その者の子として産まれついた。
それだけだ。
あの人は細くしなやかな体躯をもってあの頃と変わらず駆け回る。
酒を好み、赴く場所が野山ではなくなったが、それでもあの頃と同じだった。
だけれど。
ふと気がつけば、じっと何かを探しているようで。
何を探しているのかと問い掛ければ、あの人にしては珍しく、曖昧に笑って何も言わない。
ただ時折、私の顔や手に触れ、撫ぜる。
確かめるように。
何かを探すように。
あの人と出会って幾年。
私も幼い頃のままではいない。
細身であれど四肢は伸び、それなりに体躯も育ち、郷でも重役をこなす立場にいる。
されど。
あの人と私が共にいると、周りからはまるで時が止まったようだと言われる。
既に四十は過ぎたあの人はあの時から変わらぬまま。
そして未だに私を幼い頃の渾名で呼ぶ。
この歳になるとそれは面映く、照れくさくはあったが嬉しくもあった。
そして、ふとある時。
鏡に映る己の姿。
あの人よりも歳は重ねて見えれど。
ほぼ時を刻まなくなったような姿で、そこにいることに気がつくのだ。
「シロちゃん」
「何でしょうか」
「シロちゃんの髪は柔らかいくせにくせっ毛じゃのう」
「はは、そうなんですよ。櫛をあてなかったら大変です」
「シロちゃんは細いのう」
「一応鍛えてますからね。余分な肉がないので細く見えるのだと思います。体重は結構ありますよ」
「そうじゃな、意外に力持ちじゃしな」
「はい」
「シロちゃんは怒らんのう」
「そうでもないですよ。怒る時は怒ります」
「昔は泣いてばかりじゃったのにのう」
「泣くよりも大切な方のおかげで困ることの方が多かったと思います」
「………………シロちゃん、言うようになったのう」
「恐れ入ります」
「昔はおなごみたいに可愛かったのに」
「そうですか?」
「うむ。牧歌的でほえほえしてて泣き顔や困った顔が可愛いと一部に評判だったのじゃぞ」
「そんな評判いりません」
「何と罰当たりめ」
「こんな歳になって言われても……。それに幼い頃であってもあまり嬉しくはありませんよ。私も男ですから、可愛いよりは勇ましいと言われたい」
「ふむ、ま、確かにそうじゃな。それで、あの可愛らしいシロちゃんが、こうして大きくなって四十も過ぎた中年になったと」
「………………そう言葉にされると微妙な気分になります……」
「歳を、とったよの」
「はい」
「………………」
「………………」
「シロちゃん」
「はい」
「………、シロちゃん、は、」
「はい」
「………、………」
「………御館様は、今も、お美しいです」
「──────………」
「お供、いたします」
「……うむ」
いつまで。
どこまで。
共にいられるのか。
御館様はかつての姫様。
従者は口にすると本当になりそうな言葉を言わない。