「御館様」
「シロちゃんか」
「……式は滞りなく終わりました」
「うむ、ご苦労じゃった」
「いえ」
「まったく、百も二百も生きとるような顔をしておいて、ぽっくり逝くとは、なんとも情けないのう」
「そうですか?潔く、私はあの方らしいとも思います」
「ふん。最期に多くの女子を泣かせておいて何が潔しじゃ」
「あちらへ逝く方への最後の務めはこちら側の者の涙だと思います。全てを濯ぎ清めてくれる。そして最後の手向けはこちら側の笑顔でしょう。御館様、酒の席をご用意致しておりますのでお出でくださいませ」
「分かった。せいぜい、奴めが飛び起きて戻ってくるほどの宴会にしてやろうではないか」
あれからどれほど時が過ぎたか。
親しい者たちは次々とその人生を全うし去って行く。
新しい出会いと別れ。
それが生きるということで当たり前のことだとしても、慣れることはない。
人は百年。
他の種族は何百年、何千年と生きる者もいれば、永久に生き続けるとすら言われる者たちもいる。
それはただ、そういう生き物だということに過ぎないけれど、その者たちは、どう思い過ごしているのだろうか。
親しい者たちとの別れを、幾度も繰り返して。
時に己と違う種族のものを愛することすらあるけれど、それは彼らにとって、長い時を生きる中での、戯れや慰めに過ぎないのだろうか。
だとするならば。
──────だとするならば。
「………この度はお悔やみ申し上げます」
「ほんに勿体無い男を亡くしたものじゃ。しかし九十と少し、大往生じゃな」
「本当にね。最期までとても歳を感じさせないほどきびきび働いていたし……何だか、少し、実感がないわ。ふとしたら、あのドアを開けて、真面目な顔で仕事の話をしにくるんじゃないかって思うのよ」
「ははっ、あいつならありえそうだなぁ」
「あの旦那だったら、何か懸念があったら、それこそ飛び起きてきそうだが……」
「うむ、まったくじゃ。そういえばもう一人の男前はどうした」
「彼ならまだやることがあると言って貴方達が来る前に行ってしまったわ」
「それは残念じゃのう。久しぶりにあの男前の顔を観賞しようと思うたに」
「案外それが嫌で理由つけて退出したんじゃねぇか?」
「ありえるな」
「何を言うかお主ら!」
「ははははっ」
「シローよ」
「はい、何でしょうか」
「お前のご主人は幾つになった?」
「……お歳の話題は控えたいところですが」
「本人がいないからいいだろ。今頃うちの君主と楽しく雑談してるさ」
「………………八十は超えたかと」
「ふぅん」
「何か」
「いや、皇竜の血を引いてるからこそだとは思うがね。それでも皇竜本人じゃない、人間だろう」
「はい」
「お前は幾つだ」
「………………………御館様と同じです」
「お前も人間だろう」
「はい」
「同じ寿命の奴らの中で暮らしてりゃ、そういうもんなんだと思うようになるから気にはならんが、違う寿命の……特に人間と一緒にいるとな、酷く気になるもんさ。だが、それにもいつかは慣れる。そういうもんだ」
「………………」
「……俺の娘がな、昔人間を好いたことがあった。今でも、人間の傍にいる。もう、幾人か看取ったそうだ。その度に泣く。けれど、それでも人間の傍にいる」
「………………」
「残すのも残されるのも辛いだろう。けれどだからって、寿命が長い者同士でいりゃいい、とは俺も思わん」
「………………」
「確かにずっと一緒にいられるだろうさ。だが、それ故に全く分からなくなる。他の奴の気持ちがな。けれど、どうあっても、相手を本当に『分かる』ことはできん」
「………………」
「決定的に違うからな。どうあがいても。俺たちは長く生きる。そういう生き物だ。人間は違う。そういう生き物だ。けれど、全く分からんよりはよほどいいいだろうさ」
「………………」
「別れは寂しいと感じるならそれが本当だ。……それに何も感じなくなったら、ただ、そういうものだと受け入れて何も感じなくなったら、おそらくは別のモノになるんだろうな」
「……別のモノ」
「ああ、そしてそれが間違っているとはいえねぇ。……俺は何になるのかね」
「お前はどうしてそんなことになった?」
「分かりません。何らこの体に変わったことはしたことはありません。……ただ、私は孤児でした。御館様のお父上に引き取られ、里に預けられました」
「…………なるほどな」
「………………」
「80そこそこでまだまだ見た目が若い人間はいないわけじゃねぇが、お前はその範囲を超えかけてると思うがな」
「………………」
「人間の感覚で言うなら、既に────奇異じゃないのか」
「………………そうでしょうね」
「……案外、お前の先祖に他の種族の血が混じってるんじゃないのか?それが隔世遺伝で出てきたのかもしれん」
「……そうかもしれませんね」
「……あんまり気にしている風でもないんだな」
「ええ」
「何故だ?」
「……貴方様が先ほどおっしゃられたことと逆のことです」
「何?」
「『寿命の長い者同士で一緒にいればいいとは思わない』。……確かにそうです。ですが、私は、今、私のこの身を感謝しております」
「………………」
「ただの人の身のはずの私が。80を超えてもまだなお、あの方の傍にいることができる。そのことに、ただそのことだけに、感謝したい」
「…………」
「あの方を残して先に逝くだろうと思っておりました。けれど私はあの方とさほど変わりない姿でここにいる。……私は寿命が長いことが嬉しいとは思いません。短くともその生を十分全うし生きることが、何よりも大切だと」
「………………」
「私は、今のこの身を、嬉しく思います。寿命が長いことにではない。あの方と共にいられることに」
「遅いぞ、シロー」
「申し訳ございません、御館様」
「ふむ、まぁよい。さ、帰るとするかの」
「はい」
「………………ロゼがの。暫ししたら眠りにつくそうじゃ」
「眠りに?」
「うむ。事情が色々あるそうじゃが……また寂しくなるのう」
「……そうですね。ですが、ただ眠りにつくだけならば、逢えることもありましょう」
「そうじゃな。逢いたくなったら、こちらから出向けばよいのじゃし」
「……眠っているところを叩き起こさないようお願い申し上げます」
「さてはて、どうかのう。…………シローよ」
「はい」
「お主は幾つになった」
「………………」
「八十を超えたじゃろ。予と同じじゃから」
「はい」
「ロゼはあと十年ほどもすれば百を超えるそうじゃ」
「……百年、百歳、ですか」
「人にするなら長生きじゃの」
「そうですね」
「ロゼたちにすれば、まだ年若いらしい」
「そう言われると凄いですよね」
「百も二百も三百も、あやつらは生き続けるんじゃのう」
「はい」
「人がそこまで生きたら、まっこと大往生じゃ」
「はい」
「シローよ」
「はい」
「最後まで、ついてまいれよ」
「──────はい」
―了―
いつまで、
どこまで、
その後をついてゆけるのか。