のんびり気ままにGOC6攻略中。
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「これでいい」 手首の鎖状の痣をそれぞれ片方ずつ、包み込むように触れていた魔族の女性は、そう言って手を離した。 「……有難うございます」 先ほどまでの痛みが嘘のように消えていた。シローは手首をさすりながら眺める。 「おそらく、私の魔力にあてられたんだろうな」 「はあ……」 「でも何故こんなことになったんじゃ? 魔力が強い者ならたくさん逢うてきたが、シロちゃんがこんな風になったのは初めてではなか?」 「そうですね……」 「それに、今、何をしたのじゃ。魔力にあてられただけならば、休むだけで十分じゃろう? ……お主、その痣が何なのか知っておるか?」 鈴魚が女性に細い視線を向ける。 「何かの封印だろう」 あっさりと女性は言った。てっきり言葉を濁すか、答えないと思っていた鈴魚は拍子抜けした表情を浮かべてしまう。 「形状から言って東方の術式だろう。お前の何らかの力を封じる為のものじゃないのか」 「…………」 その通りだった。シロー自身も詳しくは知らないのだが、この痣は赤ん坊の頃からあるらしく、歳を重ねても消えなかった。その手の事に詳しい者に聞けば、女性と同じことを言った。ただし、封じられているのが何なのかははっきりとわからなかった。ただ、危険なモノではないそうである。危険なモノや強すぎるモノはそれ相応の複雑な術式が組まれ施される。シローのは手首に細い鎖状の痣が一巻きあるだけだ。簡素さから言ってそう厄介なモノではないだろうと言うことだ。 「私の魔力とその封印の波長があったのかも知れんな。だから普段平気な魔力でも、そのせいで余計にあてられてしまったんだろうさ」 要は、普段身につけていた防具が役にたたず、無防備なところに攻撃を受けてしまったようなものだ。 「その封印に私の魔力を馴染ませた。もう私が魔力を開放しても先ほどのようにはならないだろう。尤も、私が完全に開放すれば魔力に耐性のある者でも立っていられないだろうがな」 「ふん、大言ではないか?」 「事実だ」 またあっさりと女性は平坦に言う。その感情の見えなさに鈴魚は眉間に皺を寄せた。 「……あの」 「何だ」 シローがおずおずと声をかけた。女性は視線だけを動かし返事をする。しかしそれだけなのに、シローは申し訳なさそうに身をすくませ、俯いた。 「い、いえ、何でもありません……」 「………………」 「こらシロちゃん! 言いたいことがあるならはっきり言わぬといかんぞ!」 「いえ、本当に何でもないんです。あの、有難うございました、失礼します!」 シローは慌てて立ち上がって部屋から出ようと身を翻す。 「また」 女性の声が背中にかかった。反射的に動きを止める。 「また調子が悪くなったら言いにこい。……私はしばらくはここに厄介になるつもりだ」 「…………は、はい」 シローは何とかそれだけ言って、部屋をでた。鈴魚も、何かすっきりしない気分だったがシローの後を追って出ていった。部屋には女性一人が残された。 「…………」 右手で目元を覆う。溜め息が吐き出された。 「……まさか、こんなところで逢うとはな……」 その呟きは小さすぎて彼女一人しか聞き取れなかった。 シロー君の腕の鎖状のアレは、最初刺青かと思っていたのですが、何かを封印するためのものだとしても、幼い頃に封印したものだと、刺青は成長しても変わらないものなんだろうかと疑問に思いまして。特にすでに体が出来上がった人が彫るのと、赤ん坊から少年になる間に彫るのとではやはり体の成長がまったく違うわけなので。 なので『痣のようなもの』になりました。 単純に忍術の術式に用いる刺青、ともとれるのですが、ここは一つ夢見させてください。 因みに封印、と言っても作中にあるとおり、大したものは封印していません。単純にシロー君の中にあるヒトのモノではない魔力を封じているだけです。人間として生きていくために、引き取った某竜主が術者に頼んで封じました。四分の一で純粋より弱いとはいえ、魔力に聡い者なら気にかかる魔力。おまけに幼いとコントロールも難しいのでそれなら何も分からないうちから封じとけば大きくなってから困惑することもないだろうと言うことで。 秘められた絶大な力とか、覚醒せし炎邪だとかまったくもってそういうものではありません。 解放したとしても単に魔力がアップするだけで特に何がどうなると言うこともないです。封印したままなのは本人が大して気にしていなかったのと、解呪できる術者が近くにいないからです。なんてロマンがない。 属性は風+炎です。必殺技は『炎陣乱舞』です。炎が群れて舞うんです。GOCでは地味に声が一緒なんだ!!(痛 |
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「え?」 ある日唐突に告げられた。 自分が仕えている君主の誕生日がもうすぐだという事を。 「………と言う事はあと3日、なのか?」 何やらまわりが浮き足だったように、どこか秘め事をしているような気配に気がついて、よく知ったここにきてからの同僚に声をかけた。 その同僚のエティエルは、一瞬驚いたような顔をしてから、苦笑した。そうして事情を説明してくれたのだ。 「そうよ。もう結構前から用意してるんだけれど、本当に気がつかなかった?」 「………ああ。ここ最近、何やら周りが落ちつかない感じだったことには気がついていたが…そんな事をしているなんて知らなかった」 率直な意見を述べれば、あなたらしいわね、と嫌でない風に微笑まれた。 「多分皆、貴方ならもうとっくに知っているだろうと思っていたのでしょうね。それで、知っているから自分達がしている事を見て見ぬふりをしているのだと思ってたから、何も言わなかったんだと思うわ。私もそうだったし。でも貴方だったら、戦争中に何を浮き足だっているのだと、怒って止めていたかしら」 「………」 少しバツが悪そうに頭を掻く。確かに常であるのならば、この戦時中、パーティーなど許さなかっただろう。いつ列強諸国が攻めこんでくるやもわからぬし、何よりそんな贅沢は財政を圧迫する。………昔自分が治めていた国は、酷い財政難で苦労したため、それが骨身にしみているのだ。 でも、それも時と場合だ。 今回のそれは、自分達の君主のための、誕生日パーティーなのだから。 「確かに、私事でのパーティーを上層部が頻繁にやることなど、ただの浪費でしかない。しかし、今回の場合は別だろう。察するに、それほど派手にはせず、ささやかなもので、何よりその対象はロゼだろう?」 魔族と人間の血をひく君主の名を告げる。 君主の誕生日パーティー。それは他で言えば盛大に、国を上げてやる所もあるだろう。それをささやかに、と言うのは奇妙ではあるが、別段ささやかなものしかやれぬほど財政難と言うわけでも、君主を慕うものが少ないというわけでもない。その、君主自体が慎ましやかなのだ。 王族等に見掛ける、力ある人の上に立つ者がやる贅沢三昧などにはまったく興味がないのだ。それよりも、自分で作った菓子や茶で、仲間達と色んな事を語りあう方が好きなのだ。 炊事洗濯料理ができて面倒見もいい。平和な世であればきっと、実にいい奥さんになっただろうとすらいわれている。 だが。 「彼女は少し、根をつめ過ぎだからな。そういった息抜きをするのは良いと思う。私も賛成だよ」 「有難う。じゃあ、貴方ももちろん参加するでしょう?と言うか既に参加するものだと思っていたのだけれど、問題ない?」 「ああ。それまでに仕事を終らせてしまえばいいからな」 頼もしく笑って見せれば女性も笑う。 実をいうと、魔族にはあまり誕生日を祝うと言う習慣がない。それは、とてつもなく長い寿命のせいだ。長く生きているので自分が生まれた日や歳など、結構どうでもよくなってきてしまうのだ。それでも、まだ歳若い魔族、特に人間と関わり合いのある者達の間では、誕生日を祝うこともある。 今回の場合は、それと、先ほど言ったように、一生懸命に物事を成そうとし、たまに無茶をしすぎる帰来のある君主を、一時でも休ませようとする仲間の計らいだ。 「それじゃ、お互い頑張りましょう。あ、それから、誕生日プレゼントはなるべくお金のかからないものにしてね」 幾ら誕生日のプレゼントだとしても、堂々と高い物を軍内の人間同士であげたり貰ったりするのは、少々問題がある。位の高い者から下の者へ、『褒美』という形でならば問題はないのだが。 が、しかし、エティエルの言葉に男は凍り付いた。 「じゃあね、アンクロワイヤー」 それに気がつかずに、エティエルは濃緑の艶やかな長い髪を翻して自分の仕事へと戻っていった。 残されたのは、オレンジがかった金の短髪の、背の高い男。 「………プレゼント」 言葉にして、アンクロワイヤーは真っ青になった。 そうして当日。 「おめでとう、ロゼ!」 「おめでとさん」 「おめでとうございます!」 エティエルに呼ばれて城のホールの一つにきてみれば、様々な祝いの言葉の雨。今日の主役は驚いたように目を丸くしたが、それから照れくさそうにはにかんだ。 「………有難う」 今日は午後からそう急ぐ仕事のない者には皆非番を出した。警邏や警備の者達にも交代で暇を出す。パーティーに直接参加する事はないけれど、皆、思い思いの場所と相手とで飯を食い、酒を飲み交わし、歌を歌う。それぞれがそれぞれで、自分達の君主の成長に杯をかかげていた。 「いやーしかし、誕生日パーティーなんて妹の8歳の誕生日祝って以来だな。ここんとこ忙しくて、んなことしてる暇ぁ、なかったしな」 バイアードは若草色の少しくせのある長い髪の頭に手をあてて、苦笑しながらいった。相次ぐ戦闘で、あるいは話し合いの末の和解で、着実に領土を広げていって。それはそれは多忙な毎日だった。 「大陸半分ほどまできて落ち付いてきましたから、やっとパーティーを開くことができましたね」 エティエルの言葉に、バイアードは頷く。 「何だか最近皆で何かしてるなぁと思っていたら、こういうことだったのね」 「おう!アンタって結構勘の鋭いとこあるから、ばれないようにするの大変だったんだぜー」 くすくす笑うロゼに、屈託な笑顔で答えるのはミュールだ。 「でも本当に有難う。とても嬉しいわ。………私も、誕生日を祝うのは妹の誕生日を祝って以来だから………本当に久しぶり」 数年前に亡くなった血の繋がらない、だけれど彼女の大切な妹のことを思い出して、寂しげに、それでも愛しげに笑った。 「けど、私なんかの誕生日を祝うためにパーティーなんて、お仕事の方とか大丈夫なの?」 「………アンタな。こんな時にまで仕事の心配をしてどうする」 イフが横から、呆れたようなため息まじりの声をかけてきた。それには周りの者も苦笑するしかない。 「そうだぜ、こんな時くらい仕事の事なんか忘れろって!ぱーっと騒がなきゃ損だぜ?」 「それに仕事の方なら大丈夫。ちゃんと皆、終らせてあるから」 バイアードのもっともな台詞と、エティエルの信頼できそうな言葉に、ロゼは少し悩んでから、そうね、と笑った。実際、仕事はちゃんと終っている。否、終わらせた。 |
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ずーっと前、サイトを始めて3年くらいたった頃なのでGOC3が出たかでないかくらいの頃でしょうか。その頃に書いたGOCの話です。ですが途中で煮詰まって放置して今に至る。
結局途中までしか書いていないのですがさらしてみる。 内容は『氷の記憶』。つまり姫さん仲間イベントです。 パーティはロゼ子さん、鈴魚姫、プリムローズ、そしてシロー君。 かなりの捏造が入っております。プリムは影が薄いですごめんなさい。 イベントで絡む姫さんとロゼ子さんならともかく、そこにシロー君が関わっていると言う。永久凍土の『鍵』である『氷の記憶』はシロー君が持っています。ここまで読んでいやな予感がした方は続きを開かないようお願いいたします。 うん、妄想にもほどがあるって分かっているんだ! でもシロー君の名前といい職業といい持ち技といい腕にある鎖状の刺青(?)といい、こう、妄想を逞しくするのに十分な要素がありすぎてああもう あれは伝説の塔、スペクトラルタワーに挑戦した時だった。 鈴魚と極楽丸にシローのムロマチ組、そして回復役にネーブル。この4人で塔を登った。 出発前、お目付け役の蓮撃が、このメンバーで塔を登るなんて危険だと言っていた。何でかって、手強いモンスターがうようよいる中に大事な君主を行かせるなんてそんな危険な!………などという訳ではなかった。 むしろ逆に、このメンバーだと、ネーブルはきっとマイペースにトレジャーハントをするだろうし(何せ古で伝説の塔だ)無鉄砲で奔放で我が侭な鈴魚と、その姫君に次ぐ豪快で、さらにはで好きな歌舞伎者極楽丸だ、放っておいたら下手をすれば塔を崩壊させるほどに暴れるかもしれない。そしてそれを押さえる役目を必然的に担うのは小さなお付きの忍のシローだけだ。 まずはっきり言って止められるわけがない。 自分が一緒に行く!といったのだが結局、鈴魚に押しきられて、渋々引き下がった。 もちろん、鈴魚には厳重注意をし、極楽丸には迫力をこめて年長者としての自覚と臣下としての務めをはたせと説き伏せ、弱気なシローにも発破をかけた。それからネーブルにくれぐれもよろしくと頼んでみたが、ネーブルはのほほんのんびりした笑顔で『わかりました』と答えていたので、蓮撃としては物凄く不安が残っていたらしい。 取り合えずそんなお目付け役の心労は今回あまり関係ないのでおいといて。 順調に一同は塔を登り(途中必殺技をぶっ放し続けていてあちこちに大穴あけてきたが)、無事に現時点で登れる最上の階、100階へ辿り着いた。 そこには、祭壇に、大事に大事に祭られるように何かが入った箱がおいてあった。鈴魚が興味本位でその箱を開けて見ると、そこには透き通った水のようにも、燃え盛る焔のようにもみえるような手の平大の珠がかざられた首飾りが入っていた。 手にもてばひやりと冷たい。その、光にも当てていないのにまろく輝く珠を一同は手にいれた。 だが一人、シローはその珠を、怪訝に見つめていた。 全身がさわさわと落ち付かない緊張に包まれたような感触を受けながら。 黙って見ていた。 ムロマチ軍が大陸の4分の3程を支配した頃だった。 南西部を新生シンバ帝国軍と争っていた魔皇軍を倒し、君主であった闇の皇女と呼ばれるロゼを仲間にした。それからしばらくたってからだ。 「お、ロゼ、どうしたのじゃ?ぼんやりと外なぞ眺めて。何かあったのか?」 これから街へ探索に出掛けようと思っていた鈴魚が、廊下で、大きくとった窓枠に手をついて外をみていたロゼに声をかけた。 「………いえ、何でもないわ。ただ………」 少しぎこちなさそうに笑みを浮かべるロゼを、きょとんとして鈴魚は見上げる。 「………何だかね、胸騒ぎがするの。落ちつかないっていうか…」 「胸騒ぎ?………確かにロゼはすれんだぁなように見えて実はこっそり胸があったりするからのう………」 「………あのね。」 ずれた答えにロゼは脱力する。鈴魚もやはり御年頃であるから、己のプロポーションなどが気にかかるのである。確かにロゼはさりげなく、そこそこ、あるほうだ。ありすぎるわけじゃなく締まるとこ締まっていて出るとこ出ているのでバランスがよいのだ。 「そうじゃなくて。………こっちの方角、そうね、港町ニハレスよりももっと北の方から力を感じるの。以前から感じてはいたんだけれど、何故かしら、あなたの軍下に入ってからそれが強くなったわ」 「ニハレスの北?という事は………えと、確か、永久凍土とかいうのがあったな。シンバ帝国が作ったとかいう噂じゃが、よく分からぬ場所じゃ」 「そう、そこから………何かしら、何処かとても、焦がすように熱い感じがするの」 「焦がすように熱い感じ………」 ロゼの言葉に、鈴魚はうーむと腕を組んで考える。そしてやおら、ぽんと、手の平を叩いた。 「分かったぞ!ロゼよ、それは『恋煩い』じゃ!よくいうじゃろ、身をも焦がすような熱い恋と!きっとそこにはロゼの想い人がいるんじゃ!」 自信満々にいう鈴魚に、ロゼ、本日2度めの脱力。がっくりと膝から力が抜けそうになり、窓枠に腕をひっかけて頭を項垂れた。 「………冗談じゃ。何もそこまで脱力する事なかろうに」 「あのね………」 それはともかくとして。 「え?これから永久凍土へ?」 各国の情報をまとめた資料を整理しながらシローがいった。 「そうじゃ、ロゼの想い人に逢いに行くのじゃ!」 「違うでしょ」 鈴魚の言葉にすかさず突っ込みを入れるロゼ。 「でもまた、なんでですか?永久凍土っていったらここから3、4ヶ月はかかりますよ?」 「じゃからロゼの想い人に………」 「その話はもうやめなさい」 そのふくよかで愛らしい頬を、ロゼの細い指先が軽くつねる。 「ふぇ、ふぇーとふぉ、んむ、ロゼがそこから強い魔力を感じるというのじゃ」 痛みに我慢しながら喋ろうとするので、ロゼはため息をついて離してやる。こうしていると何処か姉妹のじゃれあいのようにも見えて微笑ましい。 「大方、シンバ帝国が何かを隠しておるんじゃろう。ロゼの精神安定のためにも、一度調べに行こうではないか!」 「・・・・・・・・・・・・・・・物凄く思うんですけど、もしかして単に永久凍土がほとんど知られざる地で、何があるのかわからない、そんな未知の島を探索するのはおもしろそうだなぁーとかそう言う理由じゃないですよね………?」 シローが物凄く疲れたような表情で問い掛けると、鈴魚は笑顔で視線を明後日の方向へ向けた。 「…取り合えず蓮撃様にきいてみましょう、勝手にいったらまた怒られますよ?」 「蓮撃にいったら行かせてくれるぬではないか!」 「シロー君の意見に私も賛成ね、何年たってもあの人は貴方の御目付け役なんですから、それに君主は自分勝手な行動は慎むものよ?」 ロゼがシローのフォローにはいったので、鈴魚はそれ以上押しとおすことができなかった。 『…永久凍土、か』 ふとシローは北の方へと思いを馳せる。謎に包まれた場所、永久凍土。 どんな場所かは資料でよんだ程度でしか分からない。 だがしかし。 シローも彼女と同様、何故だか落ち付かない気持ちを内包していたのだった。 やはりと言うべきか、蓮撃は反対した。 調べにいくのならば、他の者達に任せた方がよいでしょうという至極もっともな言葉にそれでも鈴魚は抵抗した。もう途中からは、半ば意地だった。好奇心よりも蓮撃から行ってもよいという承諾を勝ち得る事の方が大事になっていた。 結局。 事の発端のロゼも一緒に行き、鈴魚のたずなを握ると言う形でなんとか了解を得た。 元々行くつもりであったし、鈴魚の面倒も見るつもりだったのでロゼは快く了承した。蓮撃としては、まだこの軍に入ってそう長い付き合いとはいえないロゼに任せるのは少々抵抗を覚えたが、ロゼはきちんとしっかりとしているし、それに少し前まで大軍を統治する地位にいた。彼女を見て鈴魚も見習うべき事が沢山あるのに気付いてくれれば万々歳だし、なによりその鈴魚本人がロゼには懐いていた。 自分が行ければ一番いいのだが、あいにく明日から別の地の視察でいけない。………もしかして鈴魚はこれを狙っていたのだろうか。 ともあれ、一同は永久凍土へ行くこととなった。 今回のメンバーは鈴魚、ロゼ、やっぱりシロー。鈴魚のお気に入りは昔からずっとかわらない。 そして回復役に今度はプリムローズが抜擢された。 ネーブルは、と言うと魔皇軍の領土を得た時に、シーフタワーで再会した昔馴染みのミュールと一緒に現在近くの遺跡をトレジャーハンティング中である。 プリムローズは出掛ける際に、竹蘭に念を押してしっかりと、相方のメトロノーゼの事を頼んでいた。 自分がいない間にまた何処かに勇者グッズをもとめ脱走するかもしれないからくれぐれも無駄遣いさせないようにと。ジグロード自治軍時代からのメトロノーゼを知っている身としても、竹蘭は心強く請け負ってくれた。 余談はおいといて。 『北の玄関口』といわれるほど貿易が盛んなニハレスの港でも、永久凍土へなんて普通は船は出ない。そんな辺境の場所にある地だ。おまけにまるでその地への道をふさぐかのように海流は複雑で、よほどの熟練者でしか通ることができないらしい。それでも何とか探し回って見つけ、頼んだのだ。もちろん報酬は法外なものになったがこの際仕方がない。 漁師や商人といった、そんな己の腕だけが頼りの、枠にはまらない者達は、国からの要請だといって圧力をかけようとしても簡単には請け負わない。むしろ頑なに拒否する者が多い。それに元々無理強いをする気も鈴魚達にはなかったので(鈴魚はごねていたがロゼたちが止めた)、請け負ってくれる船を見つけたのは本当に偶然で幸運だった。 そうして一向は、永久凍土の地を踏んだのだった。 「どうじゃ?ロゼ」 今日は海流が複雑であっても、波も風も比較的穏やかで、そこはかとなく整理されているような岸辺に船をつけた。自然にできたものではなく、明らかに人為的なものを感じるとはいえ、人が寄り付かなくなってかなり時間がたっている事を裏付けるように、雪や氷でできた突起物が並び、風の吹き溜まりとなったところには雪が風の動きを示すような形で積もっており、強い波や流氷で削られたあとがそここに見受けられた。 そうして、一同が奥へ行くとき、船長が、海の天気はいつ変わるかわからないから、なるべく早く戻るように言っていた。 「…そうね、どんどん強くなっていくわ。間違いなくこの奥にこの魔力の源となるものがあるわ。それが魔具なのか人物なのかはわからないけど…少なくとも、私達を歓迎はしてないみたい」 「ぬ?」 「魔力に明らかに拒絶の意思を感じるのよ。この地に踏み込んでそれが強くなった。いったい何があるのかしら…」 鈴魚の問いかけにロゼは思案顔で目をわずかに伏せる。先ほどからずっと、肌がぴりぴりとするような、体の奥底にくすぶる炎を感じるような感触を受けている。 「造りから見て…多分この永久凍土って何かの封印の場所みたいね。もし本当にシンバ帝国が関係しているのだとしたら、かなり危険なものじゃないかしら…?」 プリムローズは、周りを見回して、白い息を吐きながら言う。自然にできているような氷の壁は、よく見れば人為的に作られたものに、長年の氷と雪が付着してしまっているものだ。しかし、それゆえになおさら人を拒むように見えてくる。 「ふっふっふ、望むところではないか、それほどまでに厳重にしまっておくからには相当なものよな、この鈴魚が暴いて見せようぞ!」 「鈴魚、気になるからって無闇矢鱈に何でもかんでも勝手に暴いたりしちゃいけないっていったでしょう」 ずびしと、意気揚々となっている鈴魚にロゼが突っ込みを入れる。 「何を言うか!ロゼが言うほどやってはおらんぞ!」 「という事は、少しはやってるってことよね」 にっこり笑顔で、いつの間にか相方となってしまったメトロノーゼの行動に突っ込みを入れるのが日常茶飯事のプリムローズが、それを遺憾なく発揮する。ロゼとプリムローズの二人の突っ込みに鈴魚は思わず言葉をなくして押し黙る。図星だ。 「でもまぁ、ここまで来てしまったのだし、私も気になるし。状況によっては知りたい事だけを最小限見せてもらって戻りましょう。拒絶するものを無理に日の下に連れ出してもそれは迷惑でしかないわ」 「むぅ…」 そういわれてしまっては、返す言葉もない。 「?シロー君?どうしたの、さっきからずっと黙ってて」 ふと、後ろからついてくるシローにプリムローズが声をかけた。 「え?あ、な、何でもないです!ちょっと寒いなぁって思ってただけで…」 弾かれるように顔をあげ、シローは首を思い切り左右に振った。そうしていつもの少し気の弱そうな、眉を下げた笑みを浮かべる。 「そうね、確かに本当、寒いわ。私はずっとシリニーグの方で育ったし、ジグロードもここまで寒くなかったから、少し堪えるわね」 「ジポングは四季の移り変わりが激しくて、暑い時と寒いときの温度差がすごいんですよ、でも、僕のところもここまでは寒くないですね」 何気ない会話をやり取りする。言いながら、シローは胸元あたりを抑えた。服の下の、首から下げているもの。それを確かめるように。 スペクトラルタワーで見つけた、あの首飾りだ。 これを見つけた時、あまりにもじっと熱心に見ているように思われたのか、シローは鈴魚からその首飾りをもらっていた。初めて見た時は、何だか少し落ち着かない感じを受けたのだが、受け取ってしばらく見ていると、次第に暖かいものを感じるようになってきた。それから何となく手放されいつも持ち歩いていたのだ。 それが、妙に温かい。 そして同時に、またあの、さわさわとする落ち着かない感じがしてきたのだ。 ロゼと同じように、シローもその魔力を感じていた。どこか拒絶する、焦がすような魔力。 『なんだろう…』 胸が締め付けられるような感じもしてくる。奥からせり上がってきて、息苦しくさえ感じるのだ。そういえば、先ほどから己の両手首もちりちりと熱い気がする。 不可思議な、目に見えないものに包まれているかのように、不安と、疑問と、そしてそれに対する怯えがシローを襲う。 気持ちが悪い。 口元を押さえ、僅かに顔を青ざめる。 いったい何があるというのだろうか。 この奥に。 いったい何が。 「…ぬぅ?」 不意に鈴魚が声をあげた。 「何じゃ、これは?」 パタパタと走り、立ち止まる。あとをおっていってみれば、目の前には厚い氷の壁が立ちふさがっていた。 「行き止まり?」 「そんな…」 高くそびえ立つそれを見上げながら、僅かに落胆する。どこかで道を間違ったのだろうか。だけれど、ここまで来るのにどこにも他へ行けそうな道などなかった。おおよそ一本道だったのだ。それなのに、これ以上は行けず行き止まり。だけれどその魔力の元となるものはここにはない。 「…いえ、違うわ」 その壁に歩み寄り、手袋越しにひたりと手をあててみる。 「…この向こう側だわ。この壁は多分中のものを封印しているのよ。今まで以上に魔力が強い…!」 顔を顰め、ロゼは壁から手を離した。封印されているものだろうに、それすらも通り越して溢れ返るほどの魔力なのだろうか、触れていただけで圧倒されるものを感じた。 危険だ。この中にあるものは、例え何であれ、とてつもなく危険なものだ。 「では、この封印を解くにはどうしたらいいんじゃ?周りにそれらしきものは何もないぞ?…いっそ予の皇竜轟雷掌で…」 「やめなさい。」 ぶち壊そうと構えを取ったので、額を抑えつつ止めに入る。 「でも本当にどうしましょうか。たとえ炎の魔法を使ったとしてもこの氷はきっと溶かせないでしょうね…」 それでも四源の内の一人、炎の界聖の彼女の操る炎ならばどうだろうと思いをはせてみる。 「うーむ、シロちゃん、シロちゃんの炎術でも無理かのう?」 プリムローズの台詞に、鈴魚は自分の知っている限りでは三指に入るであろう炎術師に声をかける。だが。 「シロちゃん?」 返事がないので振り返ると視界に入ってきたのは、蹲る少年だった。 「ど、どうしたのじゃ?何処か怪我でもしたのか?」 「シロー君?!」 かけよってみれば、表情が驚くほどに青い。嫌な冷や汗を全身にかいているようで、寒さ以外の寒気を感じているのか、きつく体を抱えこむように腕に力を入れていた。防寒具の袖口から僅かにのぞく、その両手首の鎖のような痣が熱を帯びるように薄く発光している。 「…だ、大丈夫、です。ちょっと…少し気持ち悪い、だけ、で」 囲まれるようにされて声をかけてくる3人に、それでもシローは吐き気を堪えて青い顔で無理に笑みを作る。だが、安心させるように作ったそれは逆に痛々しく、3人とも眉をひそめた。プリムローズが手袋を外し、シローの額に手をあてる。案の定、熱い。 「やっぱり熱があるわ。…さっきから気分が悪かったのね…、ごめんね、気がつかなくて…」 申し訳なさそうにいう彼女に、シローは弱々しく首を振った。 「………もしかしてここの魔力にあてられてしまったのかしら。取り合えず一度引き返しましょう。こんな所じゃシロー君を休ませれないわ」 そういってロゼが立ち上がった時だった。 ぐ、と防寒具の袖を引っ張られる。見ればシローが俯いたまま、自分の袖を掴んでいた。 「………大丈夫です、それ、よりも………」 胸元を押さえ、シローは苦しげな声を発しながら立ち上がった。 りぃ、りぃ、と何かがなっている音が小さく聞こえた。 「………なんじゃ?この音は」 耳に届いた音の元を探す。不意にシローが気持ち悪さを押さえこむように歯を食い縛りながら、ごそごそと首の辺りを探り、服の中から何かを取り出した。 「………それは」 スペクトラルタワーにあった、首飾り。 透き通った水の塊のようなそれ。いうなれば氷を思わせるような。 それが、なにかに共鳴するかのように、りぃ、りぃとなっていたのだ。 「首飾り…?」 何故だかひかれるように、ロゼはそれに指を伸ばし触れてみた。 その瞬間。 「!?」 ぼう、と首飾りの珠がまろく輝きだした。驚いて反射的に指を離したが、ふれた瞬間、ロゼの中に何かが流れこんできた。 強烈な衝撃でもなく、痛みでもない。 酷く、酷く、暖かいものだ。 「………ロゼ、さん」 それをもっていたシローも同様なものを感じたのか、青い顔をしつつも、ロゼを見上げてきていた。プリムローズと鈴魚は何が起こったのかわからず、ただそれを見守るだけだった。 シローはそれを首からはずす。そうしてロゼの方へと差し出した。僅かな逡巡のあと、ロゼはその細い手をのばし、重ねあわせるように首飾りへとのせた。 「………!!」 洪水のような荒々しい流れではない。 されど、圧倒されるような記憶の流れだった。 とてもとても、胸詰まるような暖かい記憶の流れが、一気に二人の中へと流れ込んでくる。 誰かの一生を湛えた水の流れ。 誰かが想い悩んだ心。 幾度傷付きながらも、それでも感じずにはいられなかった、切なさと優しさだ。 まるで古い物語を聞いているかのような、どうしようもなく沸きあがる哀愁と、確かに伝わる深い慈しみの気持ち。 そんな、幾多の感情が混ざり合ってなお、暖かいと思えずにはいられない、記憶。 「………あ………」 ぽたり、と、涙がすべらかな頬をつたった。 寒いこの氷の地でそれは、すぐに凍る。しかしそれでも、涙はとまらなかった。 「………これは………」 切なくて愛しくて、どうしようもなくたまらない気持ちだ。 まるで誰かの思いをつめこんだもの全てを受け取ったかのような。 手の中の首飾りの珠が暖かい。何かを囁きかけているかのようだ。 「………」 シローは涙もぬぐわずその首飾りをロゼに渡す。 ロゼは受けとって、涙をぬぐい、そして氷の壁の元へと歩き出した。 「………」 そうしてそっと、ロゼは壁に手をふれた。 「………あ………!」 するとそれは、ご、ごご、と鈍い音をたて、ゆっくりとその荘厳で圧倒する姿を割り開いたのだった。 「………!?」 氷の壁があき、驚き喜んだ刹那。 ぶわり、とこの地では有り得ぬ熱風が4人の全身を弄った。 「な、なに………?!」 息詰まるような、魔力のこもる熱風だ。しかしそれも一瞬で、一陣の風が過ぎ去ったあとはもとの静寂が戻る。だが。 「!!」 今度は押し潰されるようなプレッシャーが襲いかかった。 先ほどの熱風に感じられた魔力と同じ力が、扉の奥から否応無しにつたわってきた。 「うぐ………っ!」 その魔力の圧力を受けたとたん、シローは激しい嘔吐を覚える。身の内からせりあがる、なにか別の生き物が己の中にいるかのような、そんな圧迫感だ。まるでその魔力に呼応するように、ずるずると這いずりまわっている。 「…何者じゃ!!」 鈴魚が一歩踏み出して、扉の奥にいるものに叫ぶ。 人か物か。何かは分からない。だけれど、腕に覚えのある己すらも圧倒するかのような魔力を秘めたもの。 ざく、と音がした。足音だ。それに一同は身構える。 氷の部屋の奥から、ゆっくりと歩き近づいてきて、眼前に姿を現したそれは。 「誰だ…我が眠りを妨げるものは……」 焦げ茶の、少し伸びはじめたような短い髪。 尖った耳に赫い瞳。 白と焦げ茶で構成された衣装。 異形の、骸骨を形作る左手の魔族の女性。 そして右手に携えるは赤黒い鎌。 女性の姿を見た瞬間、シローは言い知れぬ懐かしさを覚える。 まったく知らない相手だ。彼女に似た人、と言うのも知らない。 だけれど、酷く懐かしい想いが沸きあがるのだ。 女性が感情のない瞳で一同をみやる。ロゼを目にとめて、僅かに細めた。 「…そうか、封印をといたのはお前か………なるほど、私と同じ匂いがする………哀しい、血の匂いだ………」 言われて、ぞくりとロゼは寒気を感じた。 その声はまるで、先ほどの珠から感じた想いとは真逆にあるようなほどに冷たく聞こえたのだ。 「………お主は誰じゃ!!」 指をつきつけて、鈴魚は女性に問いかける。すると、感情のない瞳に、少し色が生まれた。笑いを含んだ色だ。 「…しかも龍の血を引く者も一緒か。………あの時の子が大きくなったものだ」 「何?」 最後の方はほとんど呟きで、鈴魚の耳にはぼそぼそとした音でしか聞こえなかった。 「………」 この、果てしなく圧倒される雰囲気。あの赤黒い鎌は魂を狩り取るものだと、あれとそっくり仲間を持っていた少年がいっていた。 「…まさか………死神………?」 「………そう呼ばれるのも久しいな」 小さく笑って、再びロゼをみた。そうしてその視線は、彼女の後ろにいた、青い顔をしたままのシローに届いた。視線がかち合う。 「………!!」 極僅かに、息を詰めた。 野山の色の一つのくすんだ緑色の髪。 膝をつき、青い顔のままこちらを見上げる琥珀の双眸。 ああ、自然を想わせる色だ。大地を感じる色だ。 ─────────何よりも愛しいあの色だ。 その様子を、シローは熱にうかされたような頭の中で怪訝におもう。 自分を見て驚いたようだった。 ならば、彼女は自分を知っているのだろうか?自分が覚えていないだけで。本当は。 ふるり、と女性は頭をふるった。視線を少年からはずす。 そうして鎌を前に構える。 「………来い」 「え?」 「………私如きの力に震え上がる貴様らの弱さの罪だ。そんな剣で誰を殺す。何を生むと言うのだ」 「………っ!」 「………そして何より、憎しみの瞳では何もうつらない………。例え、私と同じ血だとしてもあの封印を解くのならばと思ったが………お前はあの時の私と同じ目をしている。それでは何もかわらない。何もうつらない」 その囁きにシローは胸が絞めつけられる想いがした。 先ほど流れこんできた記憶の中に、その想いに似た記憶を感じ取ったからだ。 だけれど、それでも。あの記憶は、暖かかった。 「………来い。私が終わらせてやろう。呪われた運命の全てを絶ち切ってやるよ!!」 それはまるで、己自身に叫んでいるかのようだった。 |
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「父上」
焦げ茶の長い髪を後ろで一つにくくった少年が、一人の男を呼び止める。男は眼光鋭い視線を少年に向けた。 「ジンヴァ」 それが少年の今の名だった。幼い頃は別の名前だったが、皇位につく際にその名を親から与えられた。 少年の名はジンヴァ。第三代目シンバ帝国皇帝である。 「父上、以前から聞こうと思っていたのですが」 「何だ」 そして彼の父親は、シンバ帝国にこの人ありと謳われた帝国軍総司令官、そしてこの国の宰相でもあるアフランだった。少年よりもやや明るめの茶の髪と、見事な髭を蓄えている豪傑だ。 周りに人はいない。だから皇帝である少年も、今はその父親の息子の姿を見せる。 「初代皇帝のシンバ様とは、どのような方だったのでしょうか」 少年は利発だった。だがアフランから見れば、優しすぎた。己と同じように戦場に立ち、武器を取り、軍を指揮し、多くの兵を死なせる立場にはかなり無理があるだろう。 「今更そんなことを聞くのか? 幾度も話したはずであるし、お前もさまざまな書物や、かつてのあの方の配下の者から話は聞いているだろう」 「はい。ですが、改めて、私は父の言葉を聞きたいのです」 「………………」 「新生ムロマチ軍の君主であったシンバ様。その方に仕えていたアフラン将軍ではなく、私の父としてのあなたの言葉を」 少年は優しすぎた。だが、それは気が弱いというわけではない。強く前に出ることはないが、揺らぎのない芯を持っていた。少年は、自分よりも上背のあるアフランを物怖じもせず見上げている。 「……父上は一度、シンバ様に反旗を翻したと伺いました。他の武将の方からも、父上はシンバ様よりソルティ様に仕えていたと聞き及んでおります。ですが、私に、あの方よりいただいた名をつけてくださった。それはどういう意味なのか、知りたいと思ったのです」 「……それで、シンバ皇帝の話を、か」 「はい」 シンバにもソルティにも跡継ぎがいなかった。帝国には中心が必要だった。帝国で皇帝の次に力を持っていた三人のうちの一人だったアフランは、周囲の反対も押さえ込み、半ば無理矢理、己の息子を皇帝の座につかせた。 周囲は言った、アフランは己の息子を傀儡として帝国を乗っ取ったのだと。 「………………」 アフランの息子である少年は、シンバから幼名をもらった。 ちょうどアフランがシンバの臣下になった頃に生まれたのだ。シンバはまだそこまで親しくもなかったアフランの子供が生まれたと聞いて、祝いに駆けつけた。突然の訪問、唖然としているアフランをよそに、シンバは我がことのように喜んでいた。不思議だった。そこまで親しくもない臣下の子供を抱き上げてどうしてそこまで喜べるのか。ただの君主として、人心を掴もうとする行動か。考えたが、幼子のように無邪気に笑う君主からは、そんな後ろ暗いものなど一切感じられなかった。だからか、するりと、『名をつけていただけますか』と言葉が出た。 シンバは驚いたが、本当に自分がつけていいのかと問いかけて、それに応えるとまたたまらなく嬉しそうに笑った。こちらもつられて笑ってしまうような、そんな笑顔だった。一緒にいた、冷徹と知られる軍師が、酷く柔らかな笑顔を浮かべているのを見たのもそのときだった。 「……シンバ皇帝は、よく言われるように、優しい方だった」 その関係もあって、アフランは息子を皇帝につかせることができた。己が皇位につくよりもまだ容易だった。未だ息子も、己には大きすぎる座だと言っているが、その大きさを知っているが故、かつてその場に佇んでいた彼らに敬意を払うように立派に振舞っていた。今のところ、さしたる問題はない。 「初めてお目にかかったときは既に立派な君主だったと言うのに、どこか幼いところがあって、兵士や民たちとも気さくに関わっていた。どこまでもまっすぐで、『自然を守る』のだという志を本気でなそうとしていた方だった」 「………………」 「私は、あまりにも愚直すぎる、と思った」 不敬と取られるであろう言葉だが、アフランは躊躇いもせずに言う。褒め称えるだけが臣下ではない。 「その愚直さは、あの戦乱の世においてまさに夢物語だとも思った。甘い戯言で乱世を生き抜けるはずもない。……だが、あの方は生き抜いていた。傍にいたソルティ帝の力もあっただろう。大蛇丸殿やヒロ殿といった英傑たちも集っていた。生き抜いたのは彼らのおかげだと言う言葉もあるが、その彼らが好んで支えようとしたのがあの方だ。それぞれ、大陸の覇者ともなれる器がありながら、だのにあの方を支えた。……私は不思議でしょうがなかった」 シンバ帝の口から発せられる言葉はほとんどが夢のようなものばかりだった。現実を知っていれば鼻で笑われてしまう。だと言うのに、その乱世の現実を知っているあの英傑たちは彼の元に集った。 「何故、この方に、と思った。当時の私は、確かにシンバ帝よりもソルティ帝に仕えている気分だった」 「それは父上にとって、ソルティ帝の方が、シンバ帝よりも主としてふさわしい、と思われていたのですか?」 「………………そうだな。だが……」 「だが?」 「だがそれは、『私の主として』であっただろうと今は思う」 少年は目を瞬かせて少し首をかしげた。 「私自身にはソルティ帝の考え方や行動の方が理解できたのだ。だからこそ、仕えようと思った。自分をうまく使ってくれるだろうと感じたからだ。むろん、シンバ帝も私を信用してくれていた。だが、私にはシンバ帝が分からなかった。初めは誰でも理想や夢を描くものだ。だが、何年も戦場にいれば、それらは失われ、代わりに私利私欲が浮き出してくる。……ふっ、まさに今の私がそうか?」 「父上」 嘲るような物言いに、少年は咎めるように、半ば心配するように声をかける。 「……だがな、あの方はそれがなかった。最後の最期まで、そう、それこそ、大陸を統一し、冥界王を退けるまで、その夢と理想を語り続けていた」 己の命を削りながら牙獣の力を駆使し、どこまでも甘く、どこまでも愚かで、どこまでも真っ直ぐにその拳を振るい続けた。 「……空恐ろしいとすら思った。理解などできなかった。親しい血筋の者相手ですら、完全に理解などできることもないのに、あの方を理解しようなどとおこがましいのかもしれん。だが、それでもいくらかかみ合うところはあるものだろう。だが、私にはあの方に想いにふれることすら叶わんかった。しかし──────」 アフランは大きく取られた窓から空を見上げる。真っ青な空だ。どこまでも抜けるような。掴み所のない、まるで彼のような。 「同時に、酷く憧れていたのだ、私は」 「………………」 「愚かだと、甘いのだと思いながら、あの方を私は間違いなく敬愛していた。私よりも小さな体で、牙獣に蝕まれながらそれをおくびにも見せず前を見据えていた。あの背中は誰よりも大きく見えた。……強かった。何者よりも強かった」 それなのに、振り返って見せるその笑顔は最後まで優しくあった。凄惨な顔をするときもあった。怒りをあらわにしたときも合った。悲しみにくれるときもあった。ただ、憎しみの表情だけは、見たことがなかった。 「……戦争が終わった世の中を、彼の人に託されたこの大陸をまとめようと尽力した。けれど私は私だ。どんなにあの方に憧れようともあの方にはなれん。……今の帝国を見れば一目瞭然だ。だが、後悔はない」 力で抑え、排除する者は容赦なく排除し、帝国を豊かにするため、各地の領土を厳しく締め上げもした。それもこれも、帝国を帝国とするがため。自分には自分のやり方があった。 「……だが、今でも私はあの方を敬愛している。……それが、お前にあの方の名前をつけた理由だ」 「………………」 少年の優しさと芯の強さは、どこか彼を思い出させる。もちろん、彼には遠く及ばない。自分の息子でも、甘く判断はしない。しかし、やはり甘いのだろう。彼に似た優しさを持つ皇帝と、それを支える己。それはかつて、己が仕えたあの君主と軍師のようではないのだろうかと。 「ジンヴァよ、その名を汚すな。押し潰されることも許さん。己が足で立ち、世界を統べてみせよ」 少年は息を呑む。目の前にいる父親は既に父親ではなく、この国の宰相でもなかった。かつて新生ムロマチ軍に仕えていた一人の武人だった。 「……はい。アフラン将軍」 気圧されぬよう、若き皇帝は顔をあげる。意志を秘めた瞳。まだ力強くはないが期待を覚える色だった。 ──────しかし、この数年後、第三代目皇帝ジンヴァは暗殺される。混迷を極めた帝国は瓦解し、再び戦乱が世の中を覆い尽くすこととなった──────。 シンバは様々な想いを胸の内にしまいこんでいたような気もします。 一番の親友にすら、そんな想いを吐露していかなかった。むしろ、同じように抱え込んでいた親友の想いを受け止めていた。 黒くそまる右手と削られる命を覚えながら『甘いこと』を言い続けた少年。 |
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■何が起こってどうなったかは知らないが対峙する二人
ドファン 「バイアード、私にそんな口を聞いていいと思っているのか?」 バイアード 「何だと!?」 ■懐からなにやら取り出すドファン ドファン 「これが何だか分かるかね?」 バイアード 「そ、それは!まさか……!」 ドファン 「そう、お前が生れた時から成人までを書き綴った、『バイアード成長日記』だ!!!」 バイアード 「ぎゃあああああああああああっ!!!!!」 (両手で頭押さえて顔面蒼白) ■ぺらぺらとページをめくり、にやりと笑うドファン ドファン 「──────魔導世紀1004年白狼の月、8の日。メイミーの息子がとうとう掴まり立ちをした。なかなかに早い行動だ。しかしその後、支えが間に合わず転倒。それも額から豪快に行った。その拍子にお漏らしをしてしまい、泣き止ませるのと取り替えるのでおおわらわだった」 バイアード 「やめろぉおぉおおおっ!!!語るな喋るな読み上げるなーっ!!!!」 ドファン 「──────魔導世紀1013年ヒポグリフの月、25の日。突然バイアードが私に、女性が好みそうなものは何だと聞いてきた。察するにどうやら気になる相手が出来たらしい。真っ赤になって聞いてくる様は初々しいものだがまったく今後が思いやられる。相手を聞くのは無粋なのでやめたがだいたいの見当はついている。おそらくは──────」 バイアード 「やめろって言ってるだろ!この年中発情キザ野郎ぉぉおおお!!!」 ドファン 「おやおや、そんな事を言っていいのかね?エティエル、ちょっとこっちへ来なさい」 エティエル 「え?あ、はい」 バイアード 「行かなくていいぞ、エティエル!」 ドファン 「何を言っている。お前と一緒になるのだから、彼女の今後のためにも色々とお前の事を教えておかねばならないだろう。特に弱味とか」 バイアード 「お前なああああー!!!」 エティエル (生れた時からの自分を知っている、親以外の親しい間柄の人物と言うのは末恐ろしいわ……。とてもロゼやイフには見せられないお姿ね……)しみじみ 普段兄貴なバイアード兄さんが総崩れになる相手。 このときドファンは60~70歳くらい。まだまだ元気に女性を口説いてます。 成長日記は膨大な量。更にローザの成長日記もあるので、おそらくドファンの部屋には専用の本棚があるに違いない。 |
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