「──────ただびとの、男に生まれたかった」
不意に、その者は言った。
『ただびとの男』 「………………」
こぼされた言葉に新城は相変わらずの凶相の眉を寄せる。意味が理解できないからだ。目の前の両性具有の美しい副官はその面に感情を浮かばせることなく、うつむき加減でポツリと呟いたのだ。
「……どういう意味だ」
新城は理解できない時は見栄は張らず素直に聞く。あまりにも当然と堂々としているからどんな相手もどんな質問がこようと嘲笑する気も起こらない。今回の場合、相手には最初からそのような気持ちは一切ない。
「そのまま、言葉の通りです」
「……その身を、忌んでいるのか」
「はい、直衛様。いいえ」
質問の回答は明快に返ってきた。ならば、何故。
「……確かに、僕は君たちのような者は好いてはいない」
「はい。存じております。ですが、だから、と言う訳ではございません」
「………………」
やはり理解できなかった。その身を呪っているわけでもないのに、何故、ただの人の男に生まれたかったと言うのか。
「答えは、簡単です。直衛様」
口を真一文字に引き結び、金壷眼で自分を見る目の前の男に冴香は静かに続けた。表情はただ、感情のない笑みが浮かんでいる。
「私は、さいごまで、直衛様の側にいたいのです」
「………………」
「さいごまで、直衛様の側で戦いたいのです」
「……理解できないな。そのような理由ならば、ただの人の男にならずとも、君は十分に戦ってくれているが」
否、それ以上にこの生き物はやってくれている。戦野に立ち尽くす迷い子のような目はかつての自分を思い出し、新城は冴香を側に置いた。それだけでなくとも冴香は実に美しく、そして聡明だ。並の者では太刀打ちなどできない。
だと言うのに冴香はただの人の男となり、自分の側にいたいという。
そんな新城に冴香はふるりと首を振った。
「確かにこの身のままでも、私は直衛様の力になるために尽力いたします。ですが、私は、『最期』まで、直衛様の側で戦いたい」
「………………」
「例えば、です」
黙っている新城に、冴香は優しい声で言う。
「例えば。これから大きな戦があるとします。戦地に向かえば、生きて帰ってこれないと分かっている戦です。その戦に直衛様が出撃の命令を受けたら、どうなさいますか」
「………………」
「直衛様はきっと、戦地に向かわれるでしょう。その時、私を連れて行ってくださいますか?」
「──────」
その問い掛けを聞いて、新城は目をわずかに見開いた。
「私がどんなに懇願しようと、上官の命令であろうと、おそらくは私を連れて行っては下さらないでしょう。殿下だったとしても同じだと思われます。それが、答えです」
冴香は変わらず微笑んでいる。その様は一種の美しい化け物じみて、新城は顔をしかめた。
「直衛様は、お優しいですから」
新城は、ありていに言えば、女、子供に甘い。
だが、無条件にそうだと言うわけでもなく、そして彼女たち特有の、男にはけっして真似できないであろう底知れない空恐ろしい強靭さも知っていた。
だが、その理由だけでなく、おそらくは誰もが持ちえる自分と関わりのある者たちへの庇護欲が、彼女たちを危険には晒したくないと訴えている。
「……ただ、それだけでただの人の男になりたいと言うのか?」
新城の顔は不快にゆがんでいる。誰に対してかは分からない。
「はい」
冴香の答えは迷いがなかった。
「今の私を否定しようなどとは思いません。ですが、ただ、ひとの男として生まれていたならば、最後の最期まで直衛様の側にいれたのだと、思います」
「………………」
「違いますか?」
新城は答えない。
「直衛様は、生きては戻れない戦争でも、部下を従え、戦野を駆けるでしょう。最初から、当然のように、彼らを集め戦うでしょう」
「……彼らは軍人だ。それが仕事だ」
「ならば私も軍人です。そして私はただの女ではありません。ですが直衛様は、気の許した仲間でも、大切な友人でも、嬉々として、あなた様の戦争へお招きになるでしょう。共に戦うのが、当たり前のように。私は、招かれない」
冴香の表情が初めて憂う。
「直衛様の側には、いられない」
それがたまらなく歯がゆいと言わんばかりに。
そして新城がなにも答えないのが悔しかった。それは、冴香の言葉を肯定しているようなものだったからだ。
ただ一人の主を求める両性具有者にとって、心に決めた者がいなくなってしまうというのは、身が裂かれるほどに辛いものだと言うのに、それを新城も知っているのに、新城はけっして、冴香を連れて行かない。
それが、事実だった。
『女』として抱かれる喜びを知っている。だが、冴香はそのために新城の側にいるのではない。新城が自身に『女』を求めているのも知っている。だが、『ただびとの男』であったとしたならば、新城は最後の最期まで、戦うために冴香を連れて行ってくれるだろう。新城のもとにいる彼らのように。
冴香がただびとの男だったとしても、新城の側にい続ける自負はあった。それだけの実力は持っている。『女』であれば、例え実力があっても側にはいられない。だから。
「あなた様の側に、いたい」
新城は答えなかった。
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私はユーリア姫が大好きです。
でも浮かんでくるネタは冴香さんばかり。何故。