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突発ネタ。
色々捏造ですがご容赦ください(今更
アフランとその息子ジンヴァの話。

4月16日完成。


 「父上」
 焦げ茶の長い髪を後ろで一つにくくった少年が、一人の男を呼び止める。男は眼光鋭い視線を少年に向けた。
 「ジンヴァ」
 それが少年の今の名だった。幼い頃は別の名前だったが、皇位につく際にその名を親から与えられた。
 少年の名はジンヴァ。第三代目シンバ帝国皇帝である。
 「父上、以前から聞こうと思っていたのですが」
 「何だ」
 そして彼の父親は、シンバ帝国にこの人ありと謳われた帝国軍総司令官、そしてこの国の宰相でもあるアフランだった。少年よりもやや明るめの茶の髪と、見事な髭を蓄えている豪傑だ。
 周りに人はいない。だから皇帝である少年も、今はその父親の息子の姿を見せる。
 「初代皇帝のシンバ様とは、どのような方だったのでしょうか」
 少年は利発だった。だがアフランから見れば、優しすぎた。己と同じように戦場に立ち、武器を取り、軍を指揮し、多くの兵を死なせる立場にはかなり無理があるだろう。
 「今更そんなことを聞くのか? 幾度も話したはずであるし、お前もさまざまな書物や、かつてのあの方の配下の者から話は聞いているだろう」
 「はい。ですが、改めて、私は父の言葉を聞きたいのです」
 「………………」
 「新生ムロマチ軍の君主であったシンバ様。その方に仕えていたアフラン将軍ではなく、私の父としてのあなたの言葉を」
 少年は優しすぎた。だが、それは気が弱いというわけではない。強く前に出ることはないが、揺らぎのない芯を持っていた。少年は、自分よりも上背のあるアフランを物怖じもせず見上げている。
 「……父上は一度、シンバ様に反旗を翻したと伺いました。他の武将の方からも、父上はシンバ様よりソルティ様に仕えていたと聞き及んでおります。ですが、私に、あの方よりいただいた名をつけてくださった。それはどういう意味なのか、知りたいと思ったのです」
 「……それで、シンバ皇帝の話を、か」
 「はい」
 シンバにもソルティにも跡継ぎがいなかった。帝国には中心が必要だった。帝国で皇帝の次に力を持っていた三人のうちの一人だったアフランは、周囲の反対も押さえ込み、半ば無理矢理、己の息子を皇帝の座につかせた。
 周囲は言った、アフランは己の息子を傀儡として帝国を乗っ取ったのだと。
 「………………」
 アフランの息子である少年は、シンバから幼名をもらった。
 ちょうどアフランがシンバの臣下になった頃に生まれたのだ。シンバはまだそこまで親しくもなかったアフランの子供が生まれたと聞いて、祝いに駆けつけた。突然の訪問、唖然としているアフランをよそに、シンバは我がことのように喜んでいた。不思議だった。そこまで親しくもない臣下の子供を抱き上げてどうしてそこまで喜べるのか。ただの君主として、人心を掴もうとする行動か。考えたが、幼子のように無邪気に笑う君主からは、そんな後ろ暗いものなど一切感じられなかった。だからか、するりと、『名をつけていただけますか』と言葉が出た。
 シンバは驚いたが、本当に自分がつけていいのかと問いかけて、それに応えるとまたたまらなく嬉しそうに笑った。こちらもつられて笑ってしまうような、そんな笑顔だった。一緒にいた、冷徹と知られる軍師が、酷く柔らかな笑顔を浮かべているのを見たのもそのときだった。
 「……シンバ皇帝は、よく言われるように、優しい方だった」
 その関係もあって、アフランは息子を皇帝につかせることができた。己が皇位につくよりもまだ容易だった。未だ息子も、己には大きすぎる座だと言っているが、その大きさを知っているが故、かつてその場に佇んでいた彼らに敬意を払うように立派に振舞っていた。今のところ、さしたる問題はない。
 「初めてお目にかかったときは既に立派な君主だったと言うのに、どこか幼いところがあって、兵士や民たちとも気さくに関わっていた。どこまでもまっすぐで、『自然を守る』のだという志を本気でなそうとしていた方だった」
 「………………」
 「私は、あまりにも愚直すぎる、と思った」
 不敬と取られるであろう言葉だが、アフランは躊躇いもせずに言う。褒め称えるだけが臣下ではない。
 「その愚直さは、あの戦乱の世においてまさに夢物語だとも思った。甘い戯言で乱世を生き抜けるはずもない。……だが、あの方は生き抜いていた。傍にいたソルティ帝の力もあっただろう。大蛇丸殿やヒロ殿といった英傑たちも集っていた。生き抜いたのは彼らのおかげだと言う言葉もあるが、その彼らが好んで支えようとしたのがあの方だ。それぞれ、大陸の覇者ともなれる器がありながら、だのにあの方を支えた。……私は不思議でしょうがなかった」
 シンバ帝の口から発せられる言葉はほとんどが夢のようなものばかりだった。現実を知っていれば鼻で笑われてしまう。だと言うのに、その乱世の現実を知っているあの英傑たちは彼の元に集った。
 「何故、この方に、と思った。当時の私は、確かにシンバ帝よりもソルティ帝に仕えている気分だった」
 「それは父上にとって、ソルティ帝の方が、シンバ帝よりも主としてふさわしい、と思われていたのですか?」
 「………………そうだな。だが……」
 「だが?」
 「だがそれは、『私の主として』であっただろうと今は思う」
 少年は目を瞬かせて少し首をかしげた。
 「私自身にはソルティ帝の考え方や行動の方が理解できたのだ。だからこそ、仕えようと思った。自分をうまく使ってくれるだろうと感じたからだ。むろん、シンバ帝も私を信用してくれていた。だが、私にはシンバ帝が分からなかった。初めは誰でも理想や夢を描くものだ。だが、何年も戦場にいれば、それらは失われ、代わりに私利私欲が浮き出してくる。……ふっ、まさに今の私がそうか?」
 「父上」
 嘲るような物言いに、少年は咎めるように、半ば心配するように声をかける。
 「……だがな、あの方はそれがなかった。最後の最期まで、そう、それこそ、大陸を統一し、冥界王を退けるまで、その夢と理想を語り続けていた」
 己の命を削りながら牙獣の力を駆使し、どこまでも甘く、どこまでも愚かで、どこまでも真っ直ぐにその拳を振るい続けた。
 「……空恐ろしいとすら思った。理解などできなかった。親しい血筋の者相手ですら、完全に理解などできることもないのに、あの方を理解しようなどとおこがましいのかもしれん。だが、それでもいくらかかみ合うところはあるものだろう。だが、私にはあの方に想いにふれることすら叶わんかった。しかし──────」
 アフランは大きく取られた窓から空を見上げる。真っ青な空だ。どこまでも抜けるような。掴み所のない、まるで彼のような。
 「同時に、酷く憧れていたのだ、私は」
 「………………」
 「愚かだと、甘いのだと思いながら、あの方を私は間違いなく敬愛していた。私よりも小さな体で、牙獣に蝕まれながらそれをおくびにも見せず前を見据えていた。あの背中は誰よりも大きく見えた。……強かった。何者よりも強かった」
 それなのに、振り返って見せるその笑顔は最後まで優しくあった。凄惨な顔をするときもあった。怒りをあらわにしたときも合った。悲しみにくれるときもあった。ただ、憎しみの表情だけは、見たことがなかった。
 「……戦争が終わった世の中を、彼の人に託されたこの大陸をまとめようと尽力した。けれど私は私だ。どんなにあの方に憧れようともあの方にはなれん。……今の帝国を見れば一目瞭然だ。だが、後悔はない」
 力で抑え、排除する者は容赦なく排除し、帝国を豊かにするため、各地の領土を厳しく締め上げもした。それもこれも、帝国を帝国とするがため。自分には自分のやり方があった。
 「……だが、今でも私はあの方を敬愛している。……それが、お前にあの方の名前をつけた理由だ」
 「………………」
 少年の優しさと芯の強さは、どこか彼を思い出させる。もちろん、彼には遠く及ばない。自分の息子でも、甘く判断はしない。しかし、やはり甘いのだろう。彼に似た優しさを持つ皇帝と、それを支える己。それはかつて、己が仕えたあの君主と軍師のようではないのだろうかと。
 「ジンヴァよ、その名を汚すな。押し潰されることも許さん。己が足で立ち、世界を統べてみせよ」
 少年は息を呑む。目の前にいる父親は既に父親ではなく、この国の宰相でもなかった。かつて新生ムロマチ軍に仕えていた一人の武人だった。
 「……はい。アフラン将軍」
 気圧されぬよう、若き皇帝は顔をあげる。意志を秘めた瞳。まだ力強くはないが期待を覚える色だった。


 ──────しかし、この数年後、第三代目皇帝ジンヴァは暗殺される。混迷を極めた帝国は瓦解し、再び戦乱が世の中を覆い尽くすこととなった──────。









シンバは様々な想いを胸の内にしまいこんでいたような気もします。
一番の親友にすら、そんな想いを吐露していかなかった。むしろ、同じように抱え込んでいた親友の想いを受け止めていた。
黒くそまる右手と削られる命を覚えながら『甘いこと』を言い続けた少年。

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