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紫苑0話

↑こちらから読んでくださると嬉しい。
シュウ&ネージュの話です。


 「……また、逢える?」
 「……僕も逢いたい」




 そうして別れたのは数年前。









 「よいしょっと……」
 辺境ともよばれる北の大地に長い陸路と航路を辿って数ヶ月。ようやくその地に足を踏み込んだ。無意識に声がもれたのは、心の何処かが緊張しているせいだろうか、気を紛らわすためだったのかもしれない。
 「………」
 荷物を足元に置いた彼女は、まだ船に揺られている気分を身におぼえながらも、顔を上げて辺りを見回した。あいにくと今日は曇り空だが、奇妙に明るい。まるで蓋をされた世界に閉じこめられたような気持ちになる。胸が圧迫されるようで、喉が苦しくも思えた。
 そんなふうに思うのも、やはり先ほどから続く緊張か。追いたてられるようで、それでいて踏み出すのが怖い。けれども何故か心震え沸き立つような甘い苦しみのようにも感じる。
 本土と打って変わる北の気候は肌寒く、淡いアイボリーホワイトのコートが有り難かった。港特有の潮の香りと、漁師達の声。ここは本当に辺境で、たまに訪れる一般人が利用する港も漁港のすぐ隣の、お座成りに整備されたところである。丁度朝の漁から戻ってきた漁師達が集まっているようで仄かな賑わいを見せていた。
 そう言えば彼も、漁師の息子で自らも漁をすると言っていた。もしかしたら、この中にいるのだろうか。
 そう思って着込んではいるが肌の黒い男達を眺めてみたが、ここからじゃ判らない。彼女は苦笑して、再び前を向いた。
 早く逢いたい、とは思うが、もしこの場にいたとしたら彼は仕事中だろう。そこへ自分が押し掛けては作業の邪魔になってしまう。そんな事はしたくない。
 それに、まだやはり少し怖い。
 鞄から一通の手紙を取り出した。もう何度も取り出しては眺めていたので、紙の少し端の方が掠れている。内容は彼らしく整った字体と文体で、そこはかとなく神経質な面も見てとれて、彼を如実に思い出し、切なくこそばゆい笑みが零れてしまう。
 そしてすっかり覚えてしまった彼の住所を改めて見直して、彼女は手紙をしまい、鞄を肩にかけた。
 菫色の、三つ編みに結った長い髪が揺れ、熟れた柘榴のような命を育む実の色の瞳が荒涼とした大地を見渡す。一度深く息を吸いこみ、落ち付かせるように吐き出すと口を引き結び、彼女は歩き出した。






 怖かった。

 だから、逢いたかった。








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