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ネージュサイド。







 しばらく歩いて行くと、村の入り口を示す立て看板と、家々が見え始めた。ぽつんぽつんと建ち並ぶ間隔は離れており、その合間にはあまり肥沃とは言えない土を持った畑があった。冬にさしかかる季節なので畑には作物はなかった。
 海の近くで村人のほとんどが漁師と言えども、野菜を育てたり家畜も飼わないと人々の食卓は潤わない。
 野菜や肉を買うにしても、旅の行商は滅多にこないし、仕入れにいくとしても近くにある肥沃な大地と言えば、海一つ越えた場所にあるナハリだ。頻繁にはいけない。隣のフレッドバーンはここと同じようなもので、自国の民を餓えさせぬようにするだけで手一杯。
 ならば自分達で、肥えた土でないにしろ、耕し育てる方が当面は手っ取り早い。寒さに強い植物を植え、家畜を育て、野菜をとり、人々は漁にも出る。とった魚は自分達の食事と、半分は売りにだされる。ナハリで得た物が寂しい土地の人々の生活を時折潤してくれる。
 「………」
 国によって差はあれど、それでもまだ行き来が楽な大陸とは違う。緑の乏しい道筋は寂しげだった。
 それにしても。
 「………この村でいいはずなんだけれど……」
 思わず困惑した声が漏れてしまった。
 先ほどあった立て看板にかいてあった村の名前は、確かに彼の手紙に記してある住所のだ。しかし、その次にかいてある詳しい彼の家の場所が分からない。
 小さな村にはよくある事だ。大きな街と違い、場所の区切りと言うものがない。その地に住む人には分かるだろうけれど、他の者には見当すらつかない。
 これは誰かにきいた方がよさそうだと思っていると、
 「おーい、そこの人、どうしたんだい?」
 後ろから不意に声をかけられた。振り返ればそこには、作業着をきた、40がらみの男が立っていた。
 赤ら顔にそこそこ揃った髭をはやし、仕事の帰りか、薄汚れている。
 「ああ、こりゃ可愛らしい嬢ちゃんだ。小奇麗な格好して、こんな北の果てに何の用だい? 旅行にしてもここは特になーんもねぇぞ? 誰かに逢いに来たんか?」
 ずかずかと遠慮なしに歩みよってきて、彼女の姿をあらためて見止めると、尚更不思議そうな顔をした。確かに彼女の姿は、街では埋れるほど普通でも、この場所には些か違和感のようにうつる。
 初対面であるにも関らず、親しげなのは小さな村などに住む人達ではよくある事だ。逆に、異常なほど外から来た人に警戒心を持つのが多いのもそういった人達である。男は前者のようだ。己の娘ぐらいの年頃の彼女に、砕けた態度で接している。
 「あ、はい。そ、そうなんです。私、ここに人を訪ねて来たんですけれど……その人の住む家がわからなくて」
 「アンタ、大陸の人だろう? どっから来たんだい?」
 「ゴルデンからです」
 実家はヘルハンプールだが、今はゴルデンにある学園に通うため一人暮らしをしている。
 「っはぁ、ゴルデンかい! そりゃまた遠いとこから、嬢ちゃんみたいな細っこいのがよく来たなぁ。大変だったろうに」
 心底感心したように、男は目を丸くして、それから改めて彼女を見下ろしてからうんうんと頷いた。
 確かに長旅ではあったが、そこまで凄い事のように感心されると気恥ずかしくなってしまう。彼女はそれに苦笑で返すしかなかった。
 「で、人に逢いに来たって? なんてぇ人だい?」
 「はい、あの………、『シュウ』という方なんですけれど………ご存知ないでしょうか」
 男が聞いてきたので、この際だからと聞いてみる事にする。
 「シュウ?」
 「はい、銀髪に近い灰色の短い髪に、眼鏡をかけた男の方なんですけれど………」
 この世界では眼鏡をかけている人は少なく珍しい。十分に特徴となる。
 きょとんとしながら名前を繰り返して呼び、僅かな間のあと、男は笑顔になった。
 「ああ、若先生の事か」
 「え?」
 「灰色の髪の眼鏡かけた、ちょっと目の鋭い、嬢ちゃんぐらいの年頃のだろ?」
 「は、はい」
 「だったらやっぱり若先生だ。若先生ならほら、ここを真っ直ぐ行ってちょい左に曲がったとこに茶色い屋根の白壁の家が見えるだろ。あそこが若先生の家だよ」
 男が指さす方向を見てみれば、なるほど、確かに茶色の屋根の白壁の二階建てのような家がある。辺りに障害物となるものが少ないので、遠く離れてはいるが、視覚できた。
 あそこが。
 「………」
 肩にかけた鞄のベルトを知らぬうちに握り締めた。
 あそこに、彼がいる。
 鼓動が僅かに早まったような気がした。


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