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三年の各々の一人称って何だっけ。
孫兵⇒私?僕?
左門⇒私
作兵衛⇒俺
三之助⇒俺
藤内⇒私?
数馬⇒僕?
私の中ではろ組以外が定まっていないと言う。


 「左門! お前、迷ってただろ!」
 「あっ、藤内! 迷ってないぞ!」
 土埃と葉っぱまみれの左門が茂みから出てきたのを見かけた藤内がまず第一に上げたのはその声だった。そしてそれに対し左門は即座に否定する。堂々と胸を張って。
 「じゃあお前、どこに行くつもりだったんだよ?」
 「図書室に本を返しに!」
 「……図書室は反対方向……」
 尋ねた返信に藤内はがっくりと肩を落とす。だいたい、図書室は廊下をたどればいいというのに何故茂みから出てくるのだと突っ込みたい。作兵衛なら即座に切れているだろうなぁとぼんやりと思う。
 そう、遠い目をしている藤内に首を傾げつつ、左門はじゃあ私は図書室へ行くぞと手を振って右へ曲がって行った。
 「ちょ、おいこら! そっちじゃないって!」
 図書室への道は左の廊下だ。小柄な体の襟首を引っつかむ。
 「そうだったか?」
 「そうだよ。……私も図書室に用事があるから、一緒に行こう」
 ため息混じりに藤内が言うと、左門はぱっと明るく破顔する。
 「おう!」
 裏表がなく、決断力があるのはいい。だが、ありすぎてしかも方向音痴だなんて、かなりの困り者だ。しかし、憎めないのはやはりその一本気な性格のせいだろう。
 藤内は頭をかき、小さくため息をつきつつ、既に前を歩き始めた左門を見た。
 「……って、ちょっと待った。お前のその格好じゃ図書委員に怒られるぞ。中在家先輩がいたら入らせてももらえない」
 図書委員としての仕事に真面目な六年の委員長を思い出す。今の左門は薄汚れていて、とても気軽に本を返しには行けない姿だ。
 「じゃあ一度着替えてくるか!」
 「風呂に入った方がいいかもしれないけど、その間に返却時間過ぎそうだし、井戸で顔洗ってこう」
 「そうする」



 三年長屋に戻るのは、一緒に藤内がいたために左門は迷わなかった。素早く着替えて長屋の外にある井戸で顔を洗う。
 「髪もぼっさぼさだなぁ……櫛だけでも通すか」
 「別にいいぞ、手櫛で十分だし、頭巾被れば取りあえずは大丈夫だろ」
 「それはいけないよー」
 「へっ?」
 不意に聞こえた声に二人は揃って振り返る。見れば何故か三年長屋の廊下に紫色の制服の、四年生が一人立っていた。
 「あ、えーっと、斉藤先輩」
 一瞬誰だろうと考えてから、藤内は思い出した。この間四年に編入してきたという、本来は髪結いだと言う変わり者の生徒だ。
 「うん、いきなり声かけてごめんね。でも髪をそのままにしておくのはいけないよ」
 にこにこと人当たりの良さそうな笑顔と声でタカ丸が二人の側へ歩いてきた。
 「え、いいですよ、これくらい」
 編入生で、ほとんど話したことがないとはいえ、四年ということに、左門は少し警戒していた。覗き込んでくるタカ丸に僅かに身を引きながら渋い顔をする。
 「駄目。髪をボサボサのままにしておくなんて見過ごせないなぁ」
 「ひっ」
 いきなり両肩をがっしりと掴まれ、その有無を言わせぬ力の強さにぎょっとする。改めて顔を見れば、相変わらずいい笑顔でいたが、それには反論を許さない凄みが追加されていた。側にいた藤内も同じく冷や汗で硬直していた。
 「道具持っているし、僕が整えてあげるよ。ね?」
 二人は頷くしかなかった。





 長屋廊下の端に座らされ、左門は大人しくタカ丸に髪を預けた。タカ丸は上機嫌で鼻歌交じりに左門のボサボサになってしまった髪を櫛ですく。隣で何故か正座をしながら藤内はその様子を見守っていた。
 「へぇ、埃とか葉っぱとかいっぱいついてて凄く傷んでる風に見えたけど、結構綺麗なんだね、君の髪」
 「そうですか?」
 多少櫛に引っ掛かるが、絡まっているところを焦らず解いてやれば、意外にもするすると櫛通りはいい。枝毛もほとんどなく真っ直ぐだ。
 タカ丸は傷んだ髪を綺麗に整えて行く過程も好きだが、元から整えてある髪に触れるのも好きだ。丁寧に気を使っていると思われる様子が、まさに手に取るように分かる。
 「うん。何かしてるの?」
 「いいえ、特にはしてません。洗って拭いて櫛で梳くだけです」
 「へぇ、じゃあ栄養がいいのかな。何でもよく食べる方?」
 「はい! お残しは忍者としていけませんから! 出されたものは全部平らげる! 手に取ったものは責任持って食べる! 贅沢なんて言ってはいけないですから!」
 もともと好き嫌いはなかったが、この学園に入ってからなおそうなった。そして会計委員になってからは更にそれに拍車がかかっている。
 「なるほどね~、えらいなぁ、左門君」
 「当たり前のことです!」
 「あはは、そうだねぇ」
 力説をする左門にタカ丸は微笑ましさを覚えて笑う。薄汚れていた髪も綺麗になって気持ちがいいのだ。左門も思っていたよりも穏やかで話しやすいタカ丸に少し警戒を解いたようだった。
 「でも、ふふ、髪はその人の様子を表すのだけれど、左門君の髪は左門君と同じく真っ直ぐだね」
 「過ぎるのも困るんですが……」
 藤内が少々げんなりする様子で零す。左門の実態をよく知らないタカ丸は軽く笑うだけだった。
 「母上に似たんだと思います。私の母上も髪の真っ直ぐな方でした!」
 「そうなんだ。お母様似なんだ。じゃあ、左門君のお母様も、左門君と同じように真っ直ぐな方なのかな」
 「はい!」
 「え」
 その言葉に藤内は、思わず左門が女装した姿を思い浮かべてしまった。いや違う、性格が似ているのかと先輩は聞いたんだと慌てて首を振って想像を打ち消そうとする。しかしどうしても浮かんでくるのは左門が女装した姿だけだった。
 「竹を割ったような性格だと父上が言ってました。それにとても強くて、私の自慢です!」
 胸を張り誇らしげに言う姿に、タカ丸は左門の髪を結い上げながら頷く。
 「………………」
 藤内も、その姿は微笑ましいと思いつつも、普段の竹を割りすぎな左門の行動は如何なものだろうと思う。嫌いでないだけにその行動が困るのだ。もっとも、一番被害を被っているのは同室の作兵衛だ。
 「お母様が好きなんだねぇ。じゃあ、お母様譲りの髪ももう少し手入れしてあげてね。はい、できたよ」
 「有難うございます!」
 紐で整えると、最後にしっかり髪の事を釘打ちをして手を離す。左門は地に下りると振り返って後ろのタカ丸に頭を下げた。
 「それじゃあね~」
 そういってのほほんとした空気を振りまいたまま、タカ丸は三年長屋を後にした。
 「………………」
 その後ろ姿を見送りつつ、藤内は疑問に思っていた。
 『……何であの人、三年長屋にいたんだろう……』
 「藤内、藤内!」
 「へっ?」
 肩を揺さぶられ、我に返る。左門が首をかしげながら藤内を見上げていた。
 「どうした藤内、ぼーっとして。さぁ、図書室に行こう、しまってしまうぞ」
 「あ、ああ、そうだった、行こう」
 「おう!」
 前を歩くくせのない髪が、歩く動きにあわせて揺れる。まるで凄まじい決断力で行き先を切り替えている本人を表しているようにも見える。けれども。
 「ん? どうした?」
 追いついて横に並んでから、何となくその髪を触ってみた。指に絡まらずするりと滑る。心地はよい。
 真っ直ぐすぎるが故に正面からぶつかることもあるし、心を曲げないがために苛立つことも腹立たしいこともある。けれども、それがない左門は、左門ではないとも思う。己が信じた方向へ突き進む。曲げる事をしない気性の強さ。それが藤内の知る神埼左門だ。友人で、仲間で、戦友の。方向音痴だけは切に直してほしいが。
 「……いや、そういや思い出したんだけど、あの斉藤先輩って、凄く髪にこだわりがあって、傷んだままにしてる人に容赦ないんだってさ。土井先生相手に、怒鳴りつけて髪をむしったとかって」
 「え」
 「お前もあんまりほっといたらむしられるぞ」
 「それはいやだなぁ…」
 その呟きを聞いた後、はたと思い至った。もしかしてあの先輩は左門がボサボサになった髪をそのままにしていたからあんなところに突然現れたのだろうかと。
 そうだとしたら、どれだけ耳がいいのか感覚が鋭敏なのか。
 タカ丸に末恐ろしさを藤内は本気で覚えた。
 「……とにかく! 今は本を返しに行こう、何冊あるんだ? まさか返却期間過ぎてないよな?」
 「三冊! 実は今日までなんだ!」
 「……それを早く言えよ! 中在家先輩に怒られるぞ!」
 「おう! 急ごう!」
 「って、そっちじゃない!! こっちだ左門!!」
 ──────その後、本は無事に返せたが、廊下を走っていたのを教師に見つかり、説教されることとなった。








タカ丸は一年から三年までは名前で呼び、同学年からは苗字で呼ぶ、と言うことにしています。
左門の家族構成は詳しく決めておりませんが、母親が作中にあるとおり竹を割ったような方。すぱんとした男前。父親は気質は一緒だけれど包容力があるからどちらかと言えばどっしり構えた受身タイプ。兄弟は多い。仲はいいけど自己主張しないと食いっぱぐれる。

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