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オリジナルなのかそれとも二次創作なのか。








「……帰り、たい。帰りたい、です。……帰りたい、故郷へ」
「………………」
「故郷へ。皆がいる、あそこへ。帰りたい、帰りたい、帰り、たい……っ!」
ぽろぽろと落ちる涙のように、はらはらと落ちる言葉。
少女は泣きじゃくり、涙を喉に絡ませながら、喘ぐように、空に向かって訴えた。その目は茜色の空を映さず、少女の故郷を映しているのだろう。壊れた機械の如く、ただただ、帰りたい、と紡ぎ、嗚咽をあげる。声を引きつらせながら、苦しいだろうに、それでも帰りたいと、故郷を乞い求める。
男は生まれたての赤子の姿の少女を黙ってみていた。彼女の声が枯れ、涙が尽きるまで、黙って側にいた。







「この先です、あの丘を越えれば、私の故郷が見えます!」
男の前を小走りに、急いたように丘を指をさして少女は笑う。あの茜色の空の下で無力に泣くだけだった少女の面影はない。青い空の下で風に吹かれるその様は、見る者をすら楽しげにさせる。
「何年ぶりだろう、ここに帰るのは。昔と変わらないかな、変わっているかな」
始終笑顔の少女。その後ろを自分の歩幅を崩さず男がついてゆく。丘を渡る風は心地よく、太陽の光はまぶしい。心地のよい、暖かさ。
少女の足が、丘の天辺へと駆け上がる。男も僅かに遅れてついてゆく。一際強い風が吹き、腕を上げ、一瞬目を瞑る。少女はその風を真正面から受けていた。楽しげに。
男は太陽の光と風を腕で避けながら、丘の下に広がる光景を見た。
「──────………………!」
どこまでもどこまでも続く、草の海原。
太陽の光を照り返し、風を受けて流れ行く草の波はいっそ荘厳で、それでも柔らかだった。一筋、自分たちが立つ丘から続く道が、所々途切れながらも細く続いている。
「ここが、私の故郷です」
無邪気に笑う少女。
そこにあるのはどこまでもどこまでも続く、草の海原。

──────それだけだった。






「やっぱり変わっちゃったなぁ、ずっと草が伸びてる。昔は土が結構見えていたのに」
草原の中を歩きながら、少女は四方を眺め、懐かしく、愛しい目をしていた。
「……ここが、お前の故郷なのか」
男がやや遅れて少女の後を歩き出した。
「はい!」
満面の笑顔。
「………………皆がいると、言っていたはずだが」
しゃくり上げながら無理矢理紡いでいた言葉。確かにあのとき、少女は皆のいる故郷へ帰りたいと言っていた。だが、たどり着いたここには、誰一人として、いない。
「そうです」
立ち止まり、少女が男の正面へと向き直る。
「ここに皆がいるんです」
両手を広げ、首をめぐらす。
「ここに」
少女が見渡すのはどこまでも続く草原。
「皆がいるんです。ここが、私の故郷です」
何の陰りもない笑顔で少女は男に言った。






「少し土が乾いてるかな。雨、最近降ってないのかな。せっかくこんなに草が生えてるのに、もったいないなぁ」
ごろりと草の上に寝転がり、大きく息を吸い込んで、それからころころと横へと転がる。土の感触に僅かな憂いを見せた。
「……ここには村があったのか」
「………………」
近くに腰を下ろした男の言葉に、少女は答えない。
「……人が、住んでいたのか」
「………………」
男は改めて辺りを見回す。故郷だと、ここに皆がいるのだと言う少女の言葉を信じるならば、例えなくなっていたとしても何らかの形跡は残っているはずなのに、何も見当たらなかった。奇妙なほどに開けた場所が続いている。
「……お前は、ここに帰りたいと言っていたな」
「………………」
「誰もいないのに、帰りたいと、言ったのか」
「います」
それまで沈黙していた少女が不意に言った。大きくはないけれど、しっかりした声で、男の言葉を否定するように。
「います。皆が。ここに」
「………………」
「……私にとって、帰りたい場所は、ここなんです。ここしかないんです。ここが、私の故郷なんです」
男の方に顔は向けず、少女は続けた。
「お父さんやお母さんやお姉ちゃんや近所のオバちゃんやオジちゃんや、ともだちや、じいちゃんやばあちゃんや、みんなが、ここにいるんです」
「………………」
「みんな、みんなが、ここ、に」
けれども、あるのは草の海。少女のいう相手たちは少女を迎えて抱きしめてはくれない。……いや、今、抱きしめてもらっているのだろうか。
「……お前が、あんなに、全部投げ打ってまで帰りたいと願った故郷が、ここか」
「そうです」
「誰もいないのに」
「います」
「何も残っていないのに」
「あります」
「………………」
「ここに、います。ここに、あります。だから、わたしも、ここに、かえりたかった」
寝転がったまま、少女は手を伸ばす。
「ここに」
さり、と草の下の土を撫ぜた。



 



「……お前は、ここに『帰りたい』と言った」
「はい」
「それは、この地へ、お前の故郷の者が眠るこの地へ、還りたい、と言うことか」
「………………」
問いかけると言うよりそれは、そこにある事実を自身で確認するようだった。
「……お前は、死にたかったのか」
「………………」
はっきりと言われた台詞に少女は反応を示さない。男は眉をひそめる。その少女の態度にではなく、少女がここに還りたいと願ったことにだった。
「何故だ。お前は人を癒す知識と力を持ち、それをもって渡り歩いていたんじゃないのか。生きる気力を失いかけている者に対し、我がことのように励ましの言葉を掛けていたのを俺は見たことがある。死の縁に落ちかけた者を不眠不休で治療し、生かしたことも知っている。────だのに、そのお前が」
「おかしいですか?」
「………………」
少女の声はどこまでも平坦だった。
「あの人たちのことは、本当に助けたいと思ったんです。生きていてほしいと思ったんです。だから、私のできる限りをしただけです」
「では、何故」
苛立ちが少し湧き上がる。
「人を助けたい気持ちと、私のことは、別問題ではないですか?」
「………………」
返ってきた言葉に、男は顔を僅かにしかめた。
「……あのとき、もしかしたらここに戻れない、と思ったら、それなら、私はここに還りたかったんです。他の場所にはいたくない。還るなら、絶対、ここがよかった」
「………………」
「……帰ってきた。帰ってきたよ。ねぇ。皆。帰ってきたよ。ねぇ」
「………………」
土と草を撫ぜながら、慈しむように少女は呟く。
「……かえりたい。還りたいよ。皆のところに、還りたいよ。還りたい、還りたい、還り、たい……」
呟きながらあふれ出した涙が頬を伝い、土へと落ちる。
「還りたい、今すぐにでも、皆のところに行きたい。ねぇ、もういいでしょう?皆のところに行って、いいでしょう?」
大地に横たわり、うつろな声で、泣きながら呟き求める姿は男の知る少女ではなかった。湧き上がる苛立ちは、誰に向かってだろう。
「……そんなに還りたきゃ、とっとと、自分でやってしまえばいいだろう。お前は、癒す方法を知っているんだから、楽に行ける方法も分かるだろう!」
初めて、男が声を荒げた。
「そんなことが、できるなら、とっくにやっています」
かえってきた声は男と似たような苛立ちをはらんでいた。
「そんなことができるなら、あのとき、すぐに皆の後を追っていた!!」
がばりと起き上がり、少女は男を睨みつける。
「なんでできない!?還りたい還りたいとか言いながら、いざとなると、自分じゃできないと言うのか?!」
「違う!そんなことじゃない!できない、できるわけがない、皆のそばに行きたくても、皆がそれを望まない!」
胸の内にあった想いを吐き出すように、少女は大声をあげる。あのときと同じように涙が止まらない。
「皆が言うんだ、皆、皆、わた、しに、生きて、と……!」
「………………!」
「生きて、生きて、生きて、って!皆の分まで、生きてって!死んじゃ駄目だよって!私がどんなに泣いても願っても、生きてって言うんだ!」
土と草を握り締める。立てた爪に入り込み、痛みが走っても少女は気にしなかった。
「生きてくれって、皆が、言うんだ……でも、もう、やだよ、私、もう、皆のところに行きたい、行きたいよ、もう十分だよ、皆の分も行きてっていうけど、皆がいないのに、どうして生きてなきゃいけないの」
「………………」
命を救う少女が、死んでしまった大切な者たちのところへ行きたがって泣いている。
「……………そんなに辛ければ、あっちでそいつらに怒られる覚悟でいけばいいだろう」
男はそれを止めようとは思わなかった。ここに眠る者たちが願うことは分かるけれど、男自身も一つの命を易々と投げ出すことに怒りを覚えるけれど、少女を止めようとは思わなかった。
「…………本当に、怒られるのは怖いけど、行けるなら、行きたい。でも、やっぱり、行けない」
「何故。そこまで苦しむのに、何故それでもまだ、そいつらの言葉に縛られる?そいつらのことが大切でも、お前が苦しんでまで────」
「………………そう、ですね……」
「………………」
「だけど、私は、皆の言葉をやっぱり裏切れない……」
うつむき、肩を震わせながら、力なく少女は笑う。
男は背筋が凍る思いを感じた。
願っても願っても、大切なものの言葉は少女の中で何よりも重いものとして残っている。苦しんで泣きじゃくっても、この地に眠る彼らの言葉を裏切れない。
それでは、まるで。
彼らの言葉は。




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